質問したいこと
【hiratyuu】
私は、キリスト教者の皆様に質問したいことがあります。 以下です。
①神様は、男女異なる生殖器を何故創造されたのでしょうか?
②繁殖期は動物が有し、人間には繁殖期が無い理由は?
③人間は、年老いてもSEXする理由はなぜでしょうか?
④何故、男女でオーガズムが違うのでしょうか?
⑤受精は何故、精子・卵子の減数分裂なのでしょうか?
【Yさん】
②について、わたしは人間にも「繁殖期」はあると思っています。性行為が季節や年齢に関わりがないという意味では『繁殖期」がないように見えても、現実として子孫を育てるという子孫の生存維持のためには、人間には他の動物にくらべてはるかに長い月日を要します
そのため、自分自身が生きる期間の大半を子どもを育てるために費やさざるをえません。そうすると、ある年齢までに子孫を産まなければならなかった。そのために、「繁殖期」と言ってもよいようなある年齢(人によって異なる)までに子どもを産み、育てなければなりません。だから、人間にも「繁殖期」はあると思うのです。動物とても、条件は同じです。春になるとこどもを生む季節になり、夏の間にこどもは成長する。次の冬を越すことができるまでに成長した成体は生き残る。環境が左右しているのです。
③について。年老いてそういうことをする人もいるというだけのことだと思っています。多くの人はそういうことはしていないだろうと思っています。
④について。そういうことは医学の専門家に聴くべき内容でしょう。わたしは女性になったことはないのでわかりません。
⑤について、これも医学の専門家に聞くべき内容でしょう。
①について。わたしの信仰は聖書から考えをすすめます。
人間創造の記述も信仰告白です。そこには生殖器という臓器に特化した記述はでてきません。すべての存在者は天地の創造者なる神によって創造されたと信じるのみです。
神の創造のみわざに対して、被造者にすぎないわたしが、神がなぜこの臓器を創造したのかという「なぜ」という問いを発することはできないと思っています。
科学的認識の事柄ならば、いくらでも思考はすすめられるでしょうが、信仰の次元では、神の意図を、云々する権利をもたないと考えます。わたしはただ創造された現実を受け入れ、神はかく創造したもうたのかと感動する他ないと思っています。
【hiratyuu】
Yさん、①~⑤について、真摯なお考えを頂き誠に有難うございます。
牧師の方が、聖書から信仰を勧めるお考えに、素晴らしさを感じました。
私は①、②について、以下のように思っています。
①の人間の生殖器は、「神様が最も精誠を尽くして作られたところ」と、私は思います。
男性も女性も、五感を司る目は二つ、鼻の穴も二つ、耳も唇も手も足も二つあります。一つではありません。
男女の生殖器は二つあるでしょうか?それぞれ別個で一つずつになっています。
結婚して、夫婦が愛で一つになり、生命が誕生し、血統につながる器官「生殖器」は、神様が人間に附与された神聖で神聖で神聖な「愛の器官」「生命の器官」「血統が繋がる器官」と考えます。
(聖書には書いてないといますが・・・)
②の繁殖期について、清水さのお考えにも一理あると思います。
一方、私は、男性と女性の生殖器官は、神様の愛を所有することができる極と極と考えています。プラス極とマイナス極です。 これがなければ、神様の愛が充電ができないと思います。
人間の男女が、その器官を通して愛を満たそうとすれば、夫婦は毎日のように愛を満たすことができます。人間の生殖器は、繁殖器官でもあり、「愛の充電器官」だと考えます。
年老いても抱擁して、若い元気な頃を思いだし、触れ合っているだけでも良いと思います。なぜなら、「愛の充電器官」だからです。
動物はそれができません。繁殖期は一年に一度だけです。
【Yさん】
統一原理から由来するお考えですね。その考え方では説明できない事象がおおくあります。原理では自然界を説明し得ていないとわたしは考えておりますので、賛同はしかねます。悪しからず。
【hiratyuu】
そうですね、「愛」とは何か?
から論議する必要があると思います。
ギリシャ哲学の4つの愛の概念や、アウグティヌスからの三一の神の概念も、見直す時が来ているように思います。
キリスト教の方は、躓くかもしれませんが、マリアの処女受胎もです。
AI(ASI)による死海文書の分析が完了すると、聖書では説明できない物証によって、聖書解釈も大きく変わると予測します。マグダラのマリアについて、清水さんはいかがお考えでしょうか?
【Yさん】
統一協会の血統転換の論理を牽強付会に「聖書の解明」などと内部で秘密教義にしてきたことは、わたしもすでに知っております。
主イエスが聖母マリアとザカリアとのあいだの私生児だとか、「六人のマリア(聖書に六人とか出てきませんが)」とか。
統一協会批判の旧い文献では、いわゆる「血分け」教義の実践者たちの系譜も当時から准当時者たちの証言で知られていました。
マグダラのマリアには『マグダラのマリア エロスとアガペーの聖女 (中公新書) 』岡田温司 (著) が公平な紹介をされています。死海文書によって血分け教義が正当化される訳でもありません。

つづく