統一教会の原罪論について

hirachyuu
統一教会の原罪論について

【Sさん】
 原罪は新約の人々が語っている事で、アブラハムやヨセフはそんな事は問題にしていなかったのでは無いだろうか。「神と私」の立場に立って、神が望む善を実行。神が望まない事を行うのは悪。
 私は此処、創世記1~3は「アダムやエバ」の立場に立って考えるべきと思います。エバが食べろと言ったら拒否できるか?
 妻が「善と思った頑固」。それをくつがえすのはなかなか大変。
 聖書の真理に立って、妻の選択や焦りを引き止めた事があります。原罪云々で済ませず。「今」を「アダムやエバ」の行動をしない事。その話題の方が大切。
 その意味で私は、文鮮明グループの「しつこいアダム論、原罪論、原理講論」はどうでもいい話し。「今」が大切。神の国は「身近の今の選択にある」。それを述べています。


【hiratyuu】
 原罪とは何か?を考察しました。
 アウグティヌスを教父とするクリスチャンの捉え方と、文鮮明氏の捉え方に異なるところがあります。 
 文氏は、現代社会に起こる青少年問題(淫乱)の解決策として、原罪を解明しています。強大な軍事力や経済力、政治力、宗教を通しても解決できない性の問題を、聖書のたとえ話の解釈を提示すること通して、その道標を語っています。

たとえば、以下のようなメッセージが教材教本に記されています。


二、堕落の結果
 1.堕落人間と堕落した世界の姿                                                                                         (1) 青少年問題とフリーセックス
 アダムとエバが青少年、ティーン・エイジャーの時代に、木陰でそのように堕落したのと同じように、世界史的に実を結ぶ審判の終わりの日が来ることによって、今日、全世界の青少年がフリーセックスに陥ってしまったのです。フリーセックスとは何ですか。悪魔のソドムとゴモラのわなです。末梢神経を刺激し、そこでおしまいになるのです。すべて崖の下に落ちるのです。ディスコでどのような踊りを踊りますか。ツイストは蛇の踊りです。蛇は体をねじるでしょう? ツイストとは、ねじるという意味です。悪魔がまいたとおりに、世界でこれを流行させて、人類を誘惑するのです。
              *
 淫行によって堕落したので、終わりの日にはそのとおりになります。青少年がすべて堕落してしまうのです。先祖がそのように種を蒔いたので、収穫期には、そのように青少年が世界をカバーし、世界を滅亡させるのです。それが今日です。それを否定できません。フリーセックス、フリーセックスというものがどこにありますか。誰がフリーセックスを主張しましたか。アダムとエバです。そうですか。そうではないですか。堕落したので、フリーセックスの先祖はアダムとエバです。
              *
 エデンにおいて、フリーセックスによって堕落したのでしょう? アダムとエバがフリーセックスしたのではないですか。終わりの日にもフリーセックスです。これを救わなければ、すべて滅びなければなりません。それを救うためのものが、先生の生涯です。それを収拾し、渡っていくことができる橋を造っておかなければなりません。それをしなければ、すべて落ちます。男性と女性がすべてそこに落ちて死にました。ですから、太平洋を渡っていくこの橋を架けなければなりません。先生でなければ、橋を架けることはできません。そして、川を渡っていったのちには、その橋は必要ありません。蕩減というそのようなものは必要ないのです。絶対セックス、絶対愛の時代に移っていくのです。
              *
 ディスコダンス、酒、タバコ、それらはすべて関係ありません。フリーセックスも関係ありません。ホモセクシュアル、レズビアン、独身主義者たちも必要ありません。いかなる風が吹こうと、泰然と自分自身の位置を守っていくのです。風が吹き、台風が吹き、地球星がどれほど移動したとしても、東西南北が変わらないのと同じように、統一教会の行く方向が変わることはないのです。ですから、ここで一度統一をしておけば、これが最後です。
              *
 東西四方から押し寄せてくるこのフリーセックス、淫乱の波を、誰が防ぐのですか。享楽主義、末梢神経の享楽を求めていくこの波を、誰が防ぐのでしょうか。麻薬でも満足させることができません。愛も不足し、麻薬、幻覚剤を求めていく「人種の末」になりました。それが体です。


【T婦人】
文先生の説く
原罪論に多くのクリスチャンが躓くんですね?
私も何件か新興宗教と言われる方々と縁がありますが、原罪に対する理解が違いますね?
それは罪で無く、神様の試練?と思わせるもの、罪ごあるとサタンが思わせているもの?
なとまだ私の理解不足な面もありまだまだ勉強中ですが、
宗教によって本当に理解が違うんだなぁ
と今更ながらに無知な私は驚いています
ただそれをおかしいと否定するつもりは無く、何故その理解になるのか、勉強中です
高齢なのにいつまでも勉強が必要と思われます❣️


【hiratyuu】

 クリスチャンが聞けば、異端宗教になります。文鮮明氏は以下のことを教材教本に記しています。 
                                                                     1.人間堕落は愛の事故だった
 私が糾明した原罪と堕落の曲折は、人間の最初の家庭で起こった天使長との不倫の事件でした。
 「統一原理」におけるサタンは、観念的存在や仮想の存在ではなく、霊的実体です。神様の愛の理想を破壊し、神様の血統をサタンを中心とした血統に変えた元凶です。イエス様も、ヨハネによる福音書第八章で、人類の父が悪魔であると明確に語られました。神様が、御自分の外的体であるアダムとエバを通して実現しようとされた愛の理想を剥奪した愛の姦夫が、すなわち悪魔サタンです。皆さんには聞き慣れない話かもしれませんが、私が霊界を開拓し、宇宙の根本の曲折を究明しようと血の涙の闘争をした結果として得た結論が、まさしくこれです。皆さんも真剣に祈祷してみれば、解答を得られるはずです。 
 
 
【Yさん】
 「原罪」とは?
 確かにS先生のおっしゃられるように今をどう生きるかが大事。
原罪があるとかないとかより、今の自分が罪を犯さないことが大切!確かにそのとおりだと思います。善に生きること〜愛に生きること〜  


【Sさん】

 hiratyuuさん、返信ありがとうございます
 とは言うものの文氏周辺が考えた堕罪論は「淫行」を限定。非常に人間的で視野が狭く。それは「罪hamartia」です。罪とは「的を外れている」の意味です。
 善意でも、最初に「的が外れた」解釈をすると結果も大きく的が外れて、益々「罪hamartia」となる。アダムとエバの罪とは「エデンを耕せ守れ」の「神様の明確な命令」に従わなかった事です。単純簡単な事です。
 しかしエバは自分が善と思う事を実行。アダムは「それは神の命令に背く罪だ」と説得しない。結果、2人はエデンを失いました。
 罪とは「的外れ」。「2人は連帯してエデンを耕す愛アガペ、アガソスポイエオをすべき」でした。しかし軽視した。神では無く「自分が善と判断した」事を行った。それが精神の不誠実。肉体的なものではありません。
 アダム夫婦はずっと夫婦だった。大切な事は一人であろうと、夫婦であろうと「有益的に淡々と繁栄に至る愛アガペ、アガソスポイエオをする」事です。夫婦ならそれを助け合いなさいと。それが夫婦の意味です。
 夫婦は「愛アガペ的に連帯せねばなりません」。愛アガペは「強固に悪を憎み退けて、強固にアガソス善に親結する」ローマ12:9。
 その事に的を絞る。愛アガペは肉体的な堕罪ではありません。



【hiratyuu】
 Sさん、夫婦は「愛アガペ的に連帯せねばなりません」について伺いたく思います。例えば、宗教が異なる男女の結婚は、アガぺの愛を共有していない結婚と思うのです、が、エロスは共有しています。 
 クリスチャン内でも宗派(教義)が異なると神観(アガぺ)も異なってくると伺います。(4世紀前後、公会議による分裂や、宗教改革の分裂) 
 昨今では、キリスト教に無神論(神無き宗教)が侵入していると伺います。異なる思想・宗教の夫婦は、「愛アガペ的に連帯」することが、非常に難しいように思うのですが・・・



×

非ログインユーザーとして返信する