【Kさん】語る、「これが間違いだと言っているのです」

hirachyuu

【Kさん】
「原理講論」には、
「すべての植物は各々雄しべと雌しべとによって存続するし、また、すべての動物は各々雄と雌とによって繁殖、生存するのである。」
と書かれていますよ。
これが間違いだと言っているのです。
「凸凹」だけで全ての植物や動物の性については語れませんよね。



【hiratyuu】統一原理のペアシステムの概念は、陽性・陰性の2性性相と、
内性(性相)・外形(形状)の2性性相が、
愛の統一体として、同時に存在する理論です。
陽性と陰性は、内性と外形の属性です。
主体格・対象格の2性が相対基準を結び、作用し、力が生じるという、科学的な理論です。
「愛の力」は、主体・対象の2性の存在が必ず必要であり、その作用によって力が生じ、生存、繁殖する愛の原理ですね。
「第一節 神の二性性相と被造世界」の
陽陰の2性性相を説明する箇所だけを取り上げ、間違いを指摘するのは、いかがかと思います。
全体を読めば、分かります。

【hiratyuu】

Kさんが語る科学とは何ですか?

教義の科学でしょうか?

広義の科学でしょうか?


私は、科学は日進月歩の世界、当然、統一原理・思想も、時が経つと共に発展し、現代の先端科学と共有できる思想・理論でありたいと考えます。


 現世のニュートン力学、マクロの相対性理論、ミクロの量子力学など、人類は、時と共に新しい理論が発見し、その恩恵を現代人は受けています。
先 端科学の量子力学や宇宙論、遺伝子学問、医学など加味した統合思想体系が構築されると考えます。


総序の末尾に以下のようにあります。
「ここに発表するみ言はその真理の一部分であり、今までその弟子たちが、あるいは聞き、あるいは見た範囲のものを収録したにすぎない。時が至るに従って、一層深い真理の部分が継続して発表されることを信じ、それを切に待ち望むものである。」


一層深い真理とは、文鮮明師の遺言、「八大教材教本」です。




【hiratyuu】

「すべての植物は各々雄しべと雌しべとによって存続するし、また、すべての動物は各々雄と雌とによって繁殖、生存するのである。」

貴殿の視点は、物質としての「陽陰」だけを論じようとしています。「木を見て森を見ず」です。
原理の二性性相は、陽陰・性形の二性性相です。
両視点で論ずる理論です。

その箇所だけを取り上げて論ずるペアシステムの理論ではありません。



 雄しべと雌しべ、雄雌や種が異なれば、交配しても決して繁殖できません。進化論を適用すると、アメーバから人間に到達するまで、数千の愛の門をくぐらなければなりません。性相と形状の二性性相、特に性相の重要性を説く原理です。
性相とは「心情」「愛」です。
「愛」なくしては、生存も繁殖もありえません。


 電子も雲のような存在です。結合するのは愛ゆえです。中学校で習った電子軌道は、狭義の科学の分野で理論体系化し、数式にした学問ですね。



【hiratyuu】

「被造物の観察で得られた共通点」の「観察」という行為が、Kさんと共通の認識であるのか、まだ把握できていないですね。

 Kさんは「観察」についてどのようにお考えでしょうか?



【Kさん】

「観察」と言う言葉は原理講論が「被造世界を観察する」と言うように使われています。
しかし、小学校の理科ではあるまいし、この言葉はあまり科学的ではないです。
「雄しべ雌しべ」だとか「雄雌」という見た目の区別で「二性性相」の概念を創り上げようとしています。
このことでは科学的な観点を欠いていると言わざるを得ません。
また、原子構造や分子結合などの化学の範疇でも「観察」で理解できるものでもないです。
「総序」の短い文章の中だけでも「科学」や「科学的」という言葉が10回も登場させているくらいに、統一原理は科学的な説明には自信があるようですけれど……。



【hiratyuu】

そのとうりだと思います。ただ、第1節全体では、2性性相の概念は、目に見えない「内性」と見える「外形」の論理もセットになって論じられ、「内性」は「陽」、「外形」は「陰」とも記されています。
私は、ペアシステムの概念は、「性形」と「陰陽」の「二性性相」が一体となった「主体・対象」の理論と考えます。
 力が存在するためには作用が必要であり、作用するためには主体と対象がなければならず、主体と対象は「愛」がなければならないという「愛」の概念が科学的・論理的に構築できます。


 陰陽の観測だけに絞ると、貴殿がおっしゃる通りの、「小学校の理科ではあるまいし、この言葉はあまり科学的ではないです」、になります。


【Kさん】

「性相と形状」については、これはこれで指摘するところがあります。
全てを同時に論じるとややっこしくなります。
二性性相を論じるのに「陰性と陽性」と「性相と形状」を論じる必要はない。
現に「原理講論」も個別に説明しているではないですか。
私は、「原理講論」の説明に沿って論じているので、問題は無いはずです。
なのであなたも「原理講論」の書いてあることに沿って、先ずは「陰性と陽性の二性性相」について考えてください。
「全ての動物」や「全ての植物」を「科学的」に論じていきましょう。
この程度の事で、無意味な議論を続けていたら、「創造原理」を終らせるのに何年も必要になりますよ。
「堕落論」もたくさんの指摘がありますしね。


・・・

最後までお読みいただきありがとうございました。

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