HJNが「それを盗んだ」

hirachyuu

知人から届いた内容を転載します。


ハワードセルフ2より

 2006年4月の家族会議でお父様は、HJN(顕進様)に全ての資産を統合し、HJNが監督する「国際財団」を設立するよう命じました。ですから、私は再び問います。お父様が1998年にHJNを「第4アダム」として宣言し、韓夫人、ジャスティン氏、ピーター・キムを証人として運動の全資産をHJNに委ねたのに、どうしてHJNが「それを盗んだ」と言えるのでしょうか?あなたはお父様の言葉だけに従うと言いました。これこそがお父様の明確な摂理的指示でした。お父様に従わなかったのは、一体誰だったのでしょうか?

5月8日 國進氏は統一協会維持財団理事長に就任する。

5.30 ヨイド・パークワン地上権最終契約完了

6月 亨進氏ハーバード大学神学大学院卒業(比較宗教学修士?)

6~7月 國進氏が統一グループの機関•企業体を全面監査

6.13 天宙平和の王、天地人真の父母様天正宮入宮・戴冠式

*UPF天宙平和連合王国入宮式(9.12)


*報告祈祷末尾「アージュ(我主、我住)」転換宣布(9.14)

6.13 韓鶴子氏は、セントラルシティ(CC)と龍平は國進氏が担当すると顯進氏に通知した。顕進氏が抗議したがお父様の介入により従う。


混乱の源を追って(5)

 6月に天正宮が完成したが、これを建てたということで金孝南の影響力は強くなった。そしてお父様は、教会指導者や一般教会員たちとの接触が厳しくコントロールされてしまった。漢南洞であれば朝から晩までリーダーたちが出入りし、世界中の教会の報告を受けたが天正宮は、入るのに許可が必要になった。その権限を握っていたのが、韓総裁と金孝律氏だった。これによってお父様にお会いすることは難しくなった。

統一教会のピークは6月13日『天正宮博物館奉献式および天宙平和の王・真の父母様戴冠式』であった。天正宮は、統一教会における神殿理想の完成とみることができる。


2006年4月真の家庭内会議以後発生した状況に対する整理
(文國進理事長の法廷陳述を完全に覆す内容)
師は2006年4月に世界中の財団をUCIが直接管理し、世界的な運動を効率的にせと宣言された。師は世界中に散らばった基盤を心配された。世界中にある財団をUCI世界財団に集中させ、それを南北統一と天一国創建に投入すれば、2013年までの7年間に、師の目標を達成できるのでそのような体制を整備した。この決定によって天宙平和連合を2005年9月にスタートさせ、すべての教会内組織を束ねてモデル・アベル国連としての役割になるように統合した。

 
師は顕進氏にUCI理事長の職位を持って、師が基盤を作られたすべての国に対して積極的に行動せよと言われた。そして國進氏には、顕進氏の下で副理事長として仕事をせよと言われた。しかし國進氏は、この決定を絶対受け入れることができず、辞任すると反発した。師の指示を拒否することは理解できないものだった。その上この会議では、鶴子氏が介入して、師が下したこの決定を覆そうとしたことは非常に驚くことだった。

会議翌日の訓読会で師は、これからすべての経済基盤はUCI世界財団の管理監督を受けよ、ということを再度明らかにした。また、汝矣島(ヨイド)プロジェクトがどれくらい重要なのかを強調された。しかしこの場では、顕進氏がUCI財団理事長に就任し、國進氏が副理事長になることは明確に説明されなかった。その為、これを明確にするために顕進氏は師と鶴子氏に共におられる時に伺った。そして師は、顕進氏が韓国財団理事長に就任し、國進氏は副理事長に就任して、汝矣島(ヨイド)プロジェクトを顕進様の下で仕事をすることを快く承諾して下さった。

顕進氏は、國進氏がこの決定を受け入れず、最後まで抵抗することをよく知っていたので、組織的あるいは法的に、お父様の決定に従って協力することができるように全てのものを明確にしようとしてお父様に報告したのだった。

しかしその日の夜、お母様が顕進様を訪ねて来られて、韓国財団理事長職を國進に譲れとお願いされた。「そうしなければ國進は辞任して離れるだろう」とおっしゃった。顕進様は「國進は離れないでしょう」と申し上げながら、それは國進がお母様を心配するようにさせて自分が願うのを貫徹させようとする方法だとご説明申し上げた。しかし、お母様は繰返し理事長職を譲れと主張した。「顕進は全てのものを持っているが國進は何もない」とおっしゃった。そして、顕進氏が理事長職を引き受けて國進氏が韓国を離れることになれば食口たちは、顕進氏に対して弟を追い出した兄と罵るだろうし、真の家庭を辱めることになるだろうと言われた。

顕進氏はこれに同意することはできなかった。何故ならば顕進氏は、任された公的資産を管理運用して、摂理により一層寄与しなければならないと考えていたからだ。そして、顕進氏が理事長になったとしても國進氏は韓国を離れないだろうし、たとえ離れるにしても、秩序が整えばまた帰ってくるだろうと考えていた。そして、お母様が肩を持てば國進氏の我執だけ強くなって、お父様の指示も無視する息子になるだろうと考えた。

 
顕進氏が最も憂慮したことは、國進氏に韓国財団理事長職を譲った時、お父様が指示された内容に従うだろうかという点だった。果たして、汝矣島(ヨイド)プロジェクトの成功のために協力しろという指示に従うのか?そして、上位機関のUCIを尊重して兄に従うのかが心配だった。このような理由でお母様の要請に同意できなかったが、お母様の頑強さのために、止むを得ず三つの条件を提示した。その条件は、

1 國進氏は汝矣島(ヨイド)プロジェクトに全面的に協力すること。これをお母様が責任をとり説得されること。

2 UCI所有のCCとヨンピョンは、UCIが管理監督すること。韓国財団の財務状況をUCI財団に定期的に報告すること。

3 顕進氏が兄としての役割を果たすことができる秩序を立てられるようにお母様が協力されること。

この三つの内容に同意して神様の前で約束することができるならば、理事長職を譲歩すると申し上げた。

理由は、國進氏がこれ以上汝矣島プロジェクトを遅延させない為。

UCIが所有権を持っているCCやヨンピョンなどを直接管理監督しようとする理由は、韓国の為替管理法上、UCIが大株主であるCCは、その収益が一旦外国に出て行く形態になっており、韓国財団に直接入ることができないためだ。また、米国法でもUCIは大株主として収益がどのように活用されるかを必ず点検して戦略的な決定をしなければならない責任と義務、すなわち信託者の法的義務(fudiciary duty)があったためだった。
UCIが相当な持分を持っているヨンピョンの場合も経営を國進氏と韓国財団が単独で決めないで必ずUCIと相談して決めなければならないことが原則であった。

三番目には、兄であるとともに上司である顕進氏と一緒に仕事をしろとおっしゃったお父様の指示により、正しい業務関係を築き、併せて正しい兄弟関係を確立して真の家庭を安着させるためだった

お母様はこの三つの内容に対して顕進氏と約束された。これにより理事長職を國進氏に譲った。この内容を実行するか疑問があったが、お母様の協力があるならば解決できるだろうと考えた。状況が難しくなった時には、お母様が責任をもって解決して下さることを信じた。また、お母様の協力の下で國進氏にも機会を与えて兄弟間の信頼を構築したかった。

顕進様はこれをお父様に申し上げたかったが、お母様はそのような必要がない、お父様はお母様と同じ考えだと強くおっしゃった。

顕進様はお母様と共に世界巡回に出発しなければならず、お母様との関係を難しくすることはできない状況なので、結局お父様に直接報告することはできなかった。しかし残念なことに、心配した以上の最悪のシナリオが展開された。

國進氏は理事長になった直後から汝矣島プロジェクトに対して非協力的な行動に出て、プロジェクトを遅延させた。このプロジェクトは2005年当初には、競争相手のAIGより6ヶ月先立って優先権を握っていた。しかし、この妨害でAIGより6ヶ月遅れをとる状況になった。その上、新しい建築法が適用される前に建築許可を得なければ、途方もない税金を出さなければならない状況になった。しかたなく顕進氏は郭会長を通じてお父様に報告し、お父様の介入でやっとプロジェクトが再開され、建築法改正前にようやく建築許可を受けることができた。

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