無神論者には、神の存在を詳しく科学的に理論的な基盤をもって証明してあげる
無神論者には、神の存在を詳しく科学的に理論的な基盤をもって証明してあげるので、無神論は崩れていくのです。 【宇宙の根本を探して】
「心情の神様」を標榜することは、然りのことです。
ですが、「心情」から発動する「理想」(構想)は、無知からは生まれず、完成もありません。
「知・情・意」の神様とも言います・・・
「心情」が一番大切、そして実体も大切だと、宗教者は語ります。「心情」は「動機」や「愛」に繋がります。
一例として、自動車の製造について考えてみました。
科学的原則・理論を基に構想を立て、設計開発、試作、実験、失敗、改良、実験、失敗、改良を繰り返し、大量生産されて、信頼性のある車両が市場で活躍します。時々、リコールなどで回収され、不具合対策された車両(部品)が市場に戻ります。
製造メーカーはじめ、様々な分野の産業も「為に生きる」精神を基に、生活の質の向上を目指し、製品を創造・販売、社会に多大な貢献をしています。技術王国、日本の誇るべき一面です。
では、宗教の役割は、どうあるべきなのか考えてみました。
選挙の1票?献金目標?念書?神殿?プレート?教会の集会所?
目に見える方便の時代は過ぎました。
訴訟があれば、両者が和解するために尽力する姿が、宗教の役割だと青年時代に教わりました。
小学生の国語の時間、宮沢賢治の詩を学び、暗記しました。
東に病気の子供あれ、行って看病してやり西に疲れた母あれ、行ってその稲の束を負い南に死にそうな人あれ、行って怖がらなくてもいいと言い北に喧嘩や訴訟があれば、つまらないからやめろと言い・・・
地位も名誉もお金も全て捨て、献身の道を選んだ祝福家庭が誇るべきは、文先生の遺言書「八大教材教本」しかないと、私は確信します。誇るべきは「八大教材教本」のみです。何もありません。
超宗教時代を迎えた人類は、目に見える物「地位・権力・お金・神殿」などを価値視する時代は過ぎ去り、目には見えない、「愛・生命・血統・良心」を普遍的価値とする、神中心の家庭時代だと思います。
宇宙の根本を探して
堕落世界を収拾できる思想
38 今日、人類は堕落した後孫となって、堕落圏の下に落ちているので、この圏を突破して上がらない限りは、天国に入れないのです。堕落圏内にいる人間は、いかなる困難があっても、その圏を突破しなければならないのです。それゆえ、イエス様も「生きんとする者は死に、死なんとする者は生きん」(参照 マタイ一〇・三九)と言ったのです。この道を行くためには全生命を懸けて、突破して上がらなければならないのです。
39 皆様の家庭は堕落圏内の家庭です。氏族、国家も同様です。闘って勝たなければなりません。アダム家庭で覆されたのです。アダムとエバが赤ん坊を生んだのちに追い出されましたか、追い出されたのちに赤ん坊を生みましたか。彼らは追い出されたのち、神様と無関係な立場で子供を生んだのです。このようなことも知らずに天国に行くことができるのでしょうか。とんでもないことです! 無知からは理想も生まれず、完成もありません。しっかりしなければなりません! これが皆様方に対する私の警告です。

40 レバレンド・ムーンの話が正しいか、正しくないか祈祷してみてください。私がこの道を見いだすためにどれほどの受難の道を歩んできたか、誰も知りません。罪なしに監獄に六回も入るほどの苦難に遭い、探し出してきた道です。ところが、他人の大切な息子、娘たちを連れていって、このような真理を教え、短時間に方向転換させるので、皆が洗脳したというのです。
無神論者には、神の存在を詳しく科学的に理論的な基盤をもって証明してあげるので、無神論は崩れていくのです。
41 それとは反対に、キリスト教徒たちは自分たちが信じている教理と違うといって、異端だと責め立てながら、私たちを取り除こうと大騒ぎしているのです。しかし、彼らが唱える異端が正統なのです! 反対になることを知らなければなりません。サタンが嫌うものは神側であり、神様が嫌うものはサタン側だということを知らなければなりません。
42 思想的空白期に置かれている旧ソ連の若い青年たちも、 レバレンド・ムーンの思想を中心として出版された中学校、高等学校、大学校の教材を通して、そして甚だしきに至っては、刑務所の罪人までもその教材を通して、思想武装をしています。ロシアの三千六百の学校でレバレンド・ムーンの思想の教材を使っているのです。彼らは叫んでいます。「私たちがアメリカに勝らなければならない! レバレンド・ムーンに反対するアメリカに勝らなければならない!」と、
西洋の腐敗した退廃風潮であるホモセクシャル、フリー・セックスなどを収拾する道は、レバレンド・ムーンの思想だけだと彼らは信じ、急いでいるのです。アメリカより先にレバレンド・ムーンに従っていこうと、叫んでいます。
