足を向けて寝ることが出来ません

hirachyuu

 参議院選挙期間(7月20日開票日)に突入しました。

宇山卓栄氏の話によると、自民党は創価学会と家庭連合に対して、足を向けて寝ることが出来ない、とのことです。



【著作家 宇山卓栄氏】


宇山卓栄★自民党は公明党と連立解消できるか?統一教会の逆襲は?

【参院選2025】


【動画の感想】

30年間も給料が増えず、現在、物価高・重税・米不足に苦しむ国家を築いてきた日本の政治団体(自民党・公明党・立憲民主党・大阪の維新の会)のあり方が問われています。


30年前、世界家庭連合創設メッセージ「宇宙の根本を探して」にある教義の核心部分の「性教育」もせずに、献金集めに走ってきた宗教団体の成れの果てに重なるものを感じます


中国化」するカンボジアです。そのカンボジアと深いつながりを持つ、ユ・ヨンホ(天の父母聖会元本部長)。

 カンボジア、日本へのトランプ関税の数値を見れば一目瞭然、 韓国家庭連合のカンボジア癒着の姿に、中国化」が見えてきます。

 米国トランプ政権の方向性は、中国包囲網と聞きます。


宇高さん、家庭連語(旧統一教会)が自民党に逆襲することはありません。








【参政党代表 神谷宗幣氏

ついに政権交代の道筋が見えた

損得で動く人から見たら、参政党はカルトに見える。

参政党の人たちは利権や損得で動いていない。


世の中には、お金や損得や好き嫌いで動く人ばかりでない。

理念、思い、国家観、使命感で動く人もたくさんいる。


参政党を「侍」のプラットホームにしたい。


17分頃からの演説~


経済政策に介入する"ある人"に神谷代表も…【三橋TV公認】




世界日報の記事より

【日本の家庭を守る会 小笠原裕氏】

参院選千葉選挙区立候補(定数3名 候補者16名)



抜粋 ――選挙戦の戦略は。

 正直、ハードルはかなり高い。知名度がないので、まずは顔を知ってもらうのが大切だ。ポスターや街頭演説だけでなく、ユーチューブチャンネルでの情報発信にも力を入れていく。

有権者の中には、東京地裁が3月に出した解散命令決定に対して危機感を抱いている宗教家もいるはずだ。休眠状態の宗教団体はどんどん解散しろという意見も出てきており、「宗教は怪しいものだから、すべてつぶせ」という宗教弾圧の傾向が強まる懸念もある。家庭連合信者が国政選挙に立候補することで宗教層に呼び掛け、少しでもこの問題の議論の活性化につなげていきたい。

また、家庭や地域文化を重んじることは国の力を育むというのが「日本の家庭を守る会」の考えだ。具体的には憲法を改正して家庭保護条項を追加するほか、祭りなど地域の結束を高める伝統文化の保護、女性スペースへの侵入など行き過ぎたLGBT施策の是正なども重視していく。

今回の千葉選挙区は候補者も多く、票がさまざまな陣営に分散する可能性がある。その中で家庭重視の主張は日本の家庭を守る会だけなので、差別化要素になると思う。


【感想】

「宗教は怪しいものだから、すべてつぶせ」という宗教弾圧の傾向が強まる懸念もある。」

という小笠原氏の主張、

 紙面に、懸念とありますが、私は懸念など無いと考えます。超宗教・超国家運動は宗教を越えた運動です。            日本はあらゆる宗教(いわしの頭も)を受け入れる母親のような信教の自由を誇る伝統国家です。                        大本事件 - Wikipedia 高野綱雄裁判長)

宗教を隠れ蓑に、植民地化を謀り国家侵略をしようとする海外からの勢力に対して、特攻隊の如く牙をむく国民性があります。

 かつて、カソリックイエズス会が九州のキリシタン大名と結託した時期がありました、侵略者は農民を奴隷と思って海外に連れ出しました。秀吉は命に従わないイエズス会を追い出し、日本人を取り戻そうとしました。その見せしめが26聖人と言われています。本来は、イエズス会の神父のみが処刑されるのでしたが・・・

 私が見てきた家庭連合も文先生の意図でない、海岸宣教方法、献金集め方法、後継者問題、二性教育、強いては「八大教材教本」の遺言を守らないなど、その実体のことを責任者が語っていました。                            数年前、淪落・公金横領する公職者が少なくない数いると、巡回師が語っていたそうです。

 二世担当者も言いました。文先生の語る教育が、教育現場に到達すると、180度異り、どうにもならないと・・・

この宗教の改革は、できるのでしょうか・・・        近道は解散と考えます。


hirachyuuの主張

信教の自由を訴えている宗教

 

 人間は、空気を吸って生きているので、空気が存在することは当たり前。空気の存在を認識したら、空気の有る無しを論じあうことはしないと思います。


 同じように、創造主は有って当たり前。創造主を認識したら、一神教、多神教を論じあうことはしなくなると思います。


 同じように、

 信教の自由が有ろうが無かろうが、創造主は存在していることは当たり前なのに、信教の自由を訴えっている宗教があります。その宗教の法人格が有っても無くても、創造主はいつも全ての人に愛を降り注いでいらっしゃるのに・・・

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