「メシヤ思想」メシヤは男性であります。

hirachyuu

み旨と世界


私を中心とした父母と子女と万物世界
1983年6月5日 ニューヨーク ベルベディア


 アベルは神の息子であり、神の息子は本来アダムとエバが行かなければならなかった天国に(行くに)は、天使長を愛し、天使長の種族たち(カイン氏族)を愛して行かなければなりません。それが原則です。誰よりもサタンを愛したという条件を立てなければなりません。そこで必要なのがメシヤです。私たちにメシヤを送ってくださいということになります。メシヤは堕落圏とは関係ありません。本然の愛の主体型として来られる方です。エデンの園における神の息子、娘には堕落圏がなかったように、本然の子女として生まれたのです。

 宗教の歴史の中でこのような歴史をもっているのは、ユダヤ教です。ユダヤ教を中心としたメシヤ思想があるということは、神がいらっしゃるということです。神を中心としたメシヤと一つになることのできる民族として、世界において準備されたのがユダヤ民族でありました。このような世界の上に一人の方を誕生させるために、ユダヤの国を選び、選民として立てたのです。そして一つになったならば、愛をもってローマを消化します。イエス様はメシヤとして来られて何をするかというと、愛でユダヤ教を消化しなければなりません。


               


 メシヤは男性であります。それでアダムにかたどってエバを造ります。メシヤは堕落した世界に来てエバを探さなければなりません。サタンが奪っていったからです。そのために新郎を迎えるまで、女性たちは歴史時代においていつも苦痛を受け、蕩減の道を歩むようになります。そして真なるメシヤと一つになって、永遠に変わることのない男性に出会って、絶対的な本然の愛の中で、爆発的な愛をこの地上に再現させて、ここで夫婦の因縁を結ばなければなりません。その中心は神の愛です。このようなこと(道)が、どこでなされるのでしょうか。国を治めることのできる宮殿において、あるいはユダヤ教の大祭司の家庭でなされなければなりませんでした。ところが、祭司長たちがメシヤを追い出したのです。

 (黒板を使用して)これがなくなったので、メシヤは死んでしまいました。そこでこのような歴史を経て再び来なければなりません。これは非常に論理的なことです。それで再びこのような歴史をつくるために、世界的なキリスト教をつくってメシヤは再び来られるのです。どこに来るかといえば、キリスト教にです。そのキリスト教を代表する世界的中心国家がアメリカです。第二次世界大戦直後において、そのアメリカの権限が歴史上に一度しかない最大の期でした。しかし、その期を失ってしまったのです。もしそうでなければ) 共産主義をみな除去することができたのです。

 この時がメシヤが来られる時でした。終わりの日、サタン世界の終わりの日だったのです。そしてそれは、統一教会から始まりました。ローマは太陽神を信じ、怨讐の立場にあったときに、イエス様を殺しましたが、蕩減路程においてこのローマと同じ立場に立っているのが、キリスト教文明圏の中心国家であるアメリカです。そしてローマとイスラエルの関係を蕩減しなければならないのが、アメリカと韓国の関係です。統一教会はこのような使命を中心として出発しましたが、キリスト教において歓迎を受けることができませんでした。もし受け入れていたならば、私たちはずっと以前に共産世界を克服していたことでしょう。しかし、受け入れられなくて、メシヤはモーセの四十年荒野生活のように荒野に追い出されました。そして四十年間で再びキリスト教文化圏(に相当する基盤)をつくるのです。アメリカとキリスト教が反対したのを蕩減復帰しなければなりません。蕩減するということは、愛するということです。統一教会の信者はキリストを、これまでイエス様が愛された以上、数多くの人たちが愛する以上に愛さなければなりません。それが認められる日、この国は生きるのです。

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