統一教会どころではない※ 宗教界のタブーをノーカットで暴露
武田先生のお話し
宗教は、お釈迦様で生まれ、イエス様に引き次がれ終わった。
後は、過激な思想だけが生き残って、現在のローマ法王のような、煌びやかな服を着て、大きな御殿に住んでいる、全く、お釈迦様やイエス様と関係のないと論ずる「ラッセル」の言い方は正しいですね。

日本の学者は、あきれるほどポンコツです。
近代哲学の父、デカルト(17世紀フランス)の有名な言葉に、
「我思う、故に、我有り」があります。これは自分だけが存在していることを、脳の一部の大脳皮質が理性で考える論理を 日本の学校では教えます。個人主義が産まれてきます。
学校の先生の中には、可笑しいと思っている人もいますが、 教科書がそうなっているから教えているというのが現状です。
インド人の「シャンカラ」(8世紀)は有名ですが、日本人のほとんどは知りません。すでに900年前、「我思う、我あり」と、同じことを言っていて、デカルトが初めに言ったのではないのです。
ペルシャ(イスラム)の「ガザーリン」(12世紀)も同じことを言っています。
「シャンカラ」-->「ガザーリン」ーー>「デカルト」と、
900年以上ヨーロッパは遅れているのです。
「シャンカラ」より、1000年以上前の「お釈迦様」(BC500)は、二つの自分が存在し、自我の自分と、その奥に存在する自分の中に、宇宙があり、地球があり、神様がいて、社会がある・・
【結論】
人間の脳は二重になっている。
アジア・日本の思想 > 欧米の思想 である
【武田邦彦】※統一教会どころではない※ 宗教界のタブーをノーカットで暴露します。
文先生のメッセージ
「平和神経」<実存する霊界>
人間の構造をよく見てみると、神様は、本来人間を二重構造で創造されたことが分かります。有形世界である現象世界の縮小体として肉身を創造され、無形世界の代表であり主人として立てるために、霊人体を創造されました。したがって、人間は、地上界で100年くらい生きて肉身の機能が終われば、自然に、そして自動的に無形世界の霊界に入っていくようになっているのです。このように霊界は、肉身を土台として生きている私たちの目では見ることができないだけであって、地上生活の自動的で必然的な延長なのです。神様が創造してくださった、人間の永遠の本郷です。
霊界は、このように厳然と存在します。妄想の世界でもなく、想像の世界でもありません。これは、人間の選択権の外にあるのです。良いからといって行き、嫌だからといって行かなくてもよい、そのような世界ではありません。神様が永遠不変の方であられるように、御自身が創造された霊界も永遠不変なのです。私たちが地上界で、肉身をもって現象世界と様々な関係を結んで暮らすのと同じように、霊界でも人間は、霊人体をもって霊界のすべての現象と密接な関係を維持して生きていかなければならない宿命的存在です。
「天聖教 宇宙の根本 四 進化論か創造論か」
・各宗教の経典の欠点とは何かといえば、創造説がないというのです。神様が創造されたプログラムがないというのです。それで、あらゆる論理を中心として論告を書くのです。創造説がないので、創造の方向と創造目的を知らないのです。これだから世の中が自分勝手になり、進化論だ、何論だというものを掲げてきて自分の思いどおりにやってしまい、自分の思いどおりに行動してきたというのです。
・今日の哲学思想、その哲学思想とは何かというのです。これは、すべて一番下から探求していくのです。ところが、これが、「どのようになっているか」と理論的な追求をしてきましたが、「人間とは何か。真の人間とは何か」ということに対してまだ結論が出ていません。すべての学者、すべての有名な哲学者が人間の問題を中心として考えましたが、この結論がまだ出ていないのです。「人間とは何か。人間の起源とは何か」ということに対して、進化論や創造説による様々な学説を通しても、まだ解決されていないというのです。「こうだ」と言える決定が出ていないというのです。
・すべての経典を見れば、孔子もあいまいです。人格的神を知らなかったのです。お父様を知らなかったのです。生まれた私たち人間の根本であるお父様がいるはずですが、お父様を知らなかったのです。また仏教も万象帰一の法を論じますが、人格的神を知らないのです。
・もしも誤れば、唯物論に陥りやすいのです。進化論に陥りやすいのです。進化論的見地の発展的信仰基準に立つために、これは唯物論に接近しやすいのです。
・私たちは、目一つにしても答えることができないのです。今日の弁証法や進化論をもってこのことを話すことはできないというのです。皆さんは、今後共産主義者と闘わなければなりません。今から進化論と弁証法を壊さなければなりません。
進化論さえ壊してしまえば弁証法は壊れるというのです。今の闘いは何ですか。意識が先か、物質が先かという問題です。共産世界は「物質が第一である、物質が最初である」と言い、民主世界では「意識が先だ」と言います。
目がどのように生まれたのかという時、目がただ生まれたいと思って生まれた、と考える者は狂った者です。鼻はじっとしているのに、なぜ目は動くのですか。「なぜ目が動くのですか」と言う時に、「動きたいから動く」と言うのが進化論式であり、弁証法式です。


・進化論を片づけてしまいなさいというのです。進化論がある前に、そのような雄、雌の思想があったということを知らなければなりません。
宇宙の神秘な秘密の中に隠された秘密、そのような秘密であり、今まで人間が知らずにいたのが雄、雌の概念であり、この概念が宇宙を形成したという、主体・対象関係で宇宙を形成したということを知らなければなりません。進化論が先ですか、雄、雌の概念が先ですか。雄、雌の概念です。イエス様がこの地に来て雄、雌の概念を革命しようと言いましたか、言いませんでしたか。
・進化論は、一度に壊してしまわなければなりません。自分勝手に理論をくっつけて進化論を議論したのです。人が猿の子供ですか。この者たち! 人間は、千年、万年天に侍るようになっています。猿なら何の猿ですか。猿と人は四十七の種類が進うのです。質的変化は起こり得ないのです。種の変化はあり得ません。だからといって、今日でも猿と人が暮らして人が生まれますか。猿が生まれますか。生まれません。種の起源というものは絶対的です。
・進化論を信じる絶滅分子たち、ここに進化論を信じる者たちがいますか。教授という安物がそのようなものをよく信じるでしょう? それがなぜそうなのでしょうか。ペアにならないものを、いくら力を通してやっても、神様だとしても、和合作用もしないのはもちろん、一つにもなりません! なぜですか。これが宇宙の法です! なぜですか。愛の理想を中心としてつくられ、相対性を分け与えたために、宇宙はペア・システムになっています。アメーバから人になりますか。
・進化論を結論づけて越えていこうとするなら、進化することができるためには、アメーバが大きくなれる第三の力を自分で創造しますか、補給されますか。アメーバが進化して大きくなるためには、現在の状態から大きくなろうとすれば第三の力が加えられなければなりませんが、自分が創造しながら大きくなりますか、他人の力を受けて大きくなりますか。創造することができなければ、力を受けたという論理を否定することはできません。
また、そして、無条件に骨が同じだからといって進化するのですか。そのような狂った者たちは、いてはいけないというのです。精神病者です。
・オランウータンの雄と愚かな女性を捕まえて結婚させて、万年祈祷をして精誠を尽したからといって人の子が生まれるでしょうか。赤ん坊が繁殖すると思いますか。答えてみてください。
猿の子孫、共産党の者たち! オランウータンを人間の女性と結婚させて、共産党世界が祈祷して、あらゆる力を加えたからといって子が生まれると思いますか、生まれないと思いますか。
分からないなら共産主義を主張するなというのです。進化論を主張するなというのです。明確にして暮らさなければなりません。
・私たちは、目一つにしても答えることができないのです。今日の弁証法や進化論をもってこのことを話すことはできないというのです。皆さんは、今後共産主義者と闘わなければなりません。今から進化論と弁証法を壊さなければなりません。進化論さえ壊してしまえば弁証法は壊れるというのです。今の闘いは何ですか。意識が先か、物質が先かという問題です。共産世界は「物質が第一である、物質が最初である」と言い、民主世界では「意識が先だ」と言います。
目がどのように生まれたのかという時、目がただ生まれたいと思って生まれた、と考える者は狂った者です。鼻はじっとしているのに、なぜ目は動くのですか。「なぜ目が動くのですか」と言う時に、「動きたいから動く」と言うのが進化論式であり、弁証法式です。
・宇宙の根本がどこから始まったのですか。進化論ではありません。それを知らなければなりません。進化よりも先に、創造の概念がある前に雄と雌がいたということを知らなければなりません。雄、雌はなぜ生じましたか。愛ゆえにです。愛、これが公式です。