「愛の病気」は、神を中心として愛し合ったならばあり得なかった

hirachyuu

 昨今のニュースを通して、淫乱、公金横領・詐欺、戦争・殺人等、天法3か条に反する世の中の現状が顕になってきました。
まさしく、霊肉共死亡の波打つ中」にある終末期の人類です。
 誰が、この問題を解決することが出来るのでしょうか?


文先生は、
死亡の波打つ中で真の息子、娘を探すために御苦労される父に侍らなければなりません。とおっしゃっています。

【文鮮明先生み言選集第11巻】 1961年2月12日 「艱難の7年」


一昨日の続きで、「無知の線」について考察します。


「無知の線」の「無知」の状態であることが「堕落」です。


【み旨と世界 歴史的父母の日】1977年4月18日 に、
神を中心として愛し合ったならば、堕落はあり得なかった
と、文先生は語られていることは、


「堕落」は、
 アダムとエバが「神を中心として愛し合う」ことができなかった、即ち、夫婦関係を結べなかった、SEXできなかったことであると理解します。
 神を中心として愛し合う事が、どういう事なのか分からなかった即ち「無知」であった事が「愛の病気」であり、堕落と言う事です。


 では、神を中心としての夫婦生活、無知でないSEXとは、
いかなる夫婦のSEXなのでしょうか?


      



「み旨と世界 歴史的父母の日」から抜粋します。


◆愛の病気
 人間が堕落したのち、堕落人間を創造本然の状態に復帰するために、神がどのような過程を通ってこられたかを考えてみましょう。堕落によって二つの結果がもたらされました。


第一は、神の権威が失われたことであり、
第二は、人類が本来あるべき位置と状態から離れて、地獄の状態に堕ちてしまったことです。

 人間が堕落すると同時に、天使界も堕落してしまい、さらにまた、万物世界も苦しみの状態におかれるようになってしまいました。言い換えれば人間の堕落によって、すべてが病気の状態におかれるようになってしまったのです。

 病気になった者は、自分で自分を治すことはできず、医者がなければなりません。それは誰でしょうか。病気の状態にある人類を救う能力と意志をもっておられる方は、ただ神だけであります。

 堕落して病気の状態にある人間が、本来の健康を回復するには、堕落したのと反対の経路を通らなければなりません。

 だから救いというのは、本来の位置と状態へ復帰することであり、神の立場からは人間を救うことですが、救われる人間の立場からは、創造本然の状態に復帰することになります。

 もう一つの重要な原理は、堕落人間が復帰するためには蕩減を支払わなければならない、ということです。例えば、病気の人が病気を治してもらいに医者の所に行けば、苦い薬を飲まされたり、痛い注射をうたれたりします。

 たとえ嫌であっても、病気を治すためには我慢しなければなりません。本当に効く薬は、普通苦いものであって甘くはないものです。
 堕落人間は、病気にかかった患者のようなものなのですから、健康な状態に回復するためには、それなりの苦しい過程を経なければならないというのです。

 堕落によって人間は、どのような病気になってしまったのでしょうか堕落人間の病気とは、「愛の病気」です。すなわちサタンを中心とした愛によって、サタンの虜となり、サタンの血統を受け継ぐようになってしまったことが、堕落人間の病気なのです。

 言い換えれば、堕落の結果すべての人間は、サタンの血統をもった、サタンの子として生まれるようになってしまったということです。
 

◆自己中心という病源

 では、この「愛の病気」は、どのようにして始まったのでしょうか。この病気の始まりは、そもそも自己中心の思いによってもたらされました。

 自己中心こそが堕落の動機となったのであります。自分を中心として考え、自分を中心として愛を求めようとしたことによって、堕落がもたらされたのです。

 自己中心の愛が堕落をもたらしたのですから、復帰するためには、神を中心とした愛、すなわち自己中心でない愛を求めなければなりません。

 エデンの園においてアダムとエバと天使長が、自己中心ではなく、神を中心として愛し合ったならば、堕落はあり得なかったことでしょう。
 この地上で自己中心でない愛、神を中心とした愛をもって、互いに愛の関係を築いた人々が最後に行く所が天国です。


これが神のみ言たる原理の基本の基本であります。



                   つづく







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