(56) 家族を捨てた釈迦とイエス
日本とユダヤの古代史&世界史 縄文・神話から続く日本建国の真実
著者
【Tさん】 東北大学名誉教授 田中英道先生
【Mさん】 Sランク予備校講師 茂木誠先生
第3章のキリスト教は、マリア信仰を取り入れヨーロッパに広まった」からです。
歴史の面白さに気づける推薦図書です。
【Tさん】
マリアを認めないネストリウス派は、釈迦の仏教とシンクロするようになります。独身男のキリストと、家族を捨てて出家した男の釈迦が被るわけです。
日本は飛鳥時代以降、仏教を取り入れることになるわけですが、仏教で大事なことは、何より個人の悟りです。仏教は「人間というものはみな違うんだ」という、個人を重視する考えを取ります。原始仏教は「個人宗教」なのです。
対して、私は神道を「共同宗教」と呼びますが、皆でお祀りをする、人々が共通に感じる自然そのものに対する感謝の念、つまり自然信仰こそが神道です。
神道が日本に元々あり、その中心が太陽神でした。
【Mさん】
それが縄文の地母神信仰にもつながっているわけですね。
【Tさん】
縄文時代はには「水の信仰」というものもありました。縄文土器なども、水を信仰するために作ったと考えられています。
【Mさん】
ところがイエスも釈迦も、共同体を飛び出してしまった人ですね。非常に男性原理の強い宗教をつくってしまった。教義の純粋性を保つためにはこれがいいのですが、広く布教しようと思ったら、俗世に暮らし、家庭生活を営む俗人に妥協した方がいい。男性原理の原始仏教もまた、菩薩信仰を取り入れた大乗仏教に発展することで、東アジアで爆発的に信徒を獲得していきました。
西暦1~3世紀の事で、『法華経』やら『般若経』などがつくられるのがこの頃ですね。
【Tさん】
今でもスリランカやタイの上座部(小乗)仏教の場合、信徒は出家しなければいけません。出家して、山に独りで籠ったりします。原始仏教の面影が残っているのです。
ところが日本では、聖徳太子がそれを否定したのです。在家で日常的に修行ができる『維摩経』あるいは『勝鬘教』を取り入れました。これも大乗仏教の経典です。日本ではこれが良かったのです。個人の悟りの追求という事よりも、人々が社会生活の中で仏教を生かすべきだという聖徳太子の思想ですね。
仏教はまた、一人ひとりに「煩悩」というものがあるのだ、ということを知らしめました。これによって人々が「苦しみ」を理解することができるようになり、助かるわけですね。そこに芸術が生まれ、文化も生まれるのです。
徹底した共同宗教であるユダヤ教やイスラム教にはそうして経緯が欠けていました。日本では神道という共同宗教と、仏教という個人宗教の両方を手に入れて、西洋のキリスト教徒と同じような構造になりました。
【Mさん】
西洋にもまた、共同宗教と個人宗教の両方が有りますか?
【Tさん】
聖書には『旧約』と『新約』がありますよね?
【Mさん】
ああ、なるほど。『旧約聖書』はユダヤ教の聖典なので、共同宗教であるということですね。
【Tさん】
そう、そして『新約聖書』が個人宗教です。イエス・キリストそのものが、「私」ということを言い始めたわけです。
【Mさん】
近代個人主義の元祖ですね。個人宗教のキリスト教は、カソリック教会が共同宗教に変質させ、これを破壊したルターやカルビンの宗教改革でまた個人宗教に戻りました。ここから西洋近代文明という「病」が始まります。明治以降の日本もこれに毒されました。

【Tさん】
私は「神仏習合」は日本の極めて素晴らしい知恵だと思っています。もし、仏教を入れなっかたら、 おそらくだいぶ偏った国になっていたのではないでしょうか。神仏習合の日本と、キリスト教をうまく「飼いならした」ヨーロッパが、ユーラシア大陸の東西で「文化を見始める」ということになるのです。
そこで重要な点は、仏教を持ち込んだのは渡来人の秦氏だあったということです。そして同じく渡来人の蘇我氏が、実はネストリウス派だったということも、このあとのユダヤトライの波の話に続いていきます。