なぜ統一運動はこれほど宗教間の対話に投入しているのでしょうか。
神の三大心情と恨
1999 年 8 月 19 日から 22 日まで、スペインのコルドバで「ユダヤ教とイスラム教の出会い:歴史、哲学、宗教、社会と芸術」という主題で開催された世界平和宗教連合総会での演説世界平和宗教連合の創始者・文鮮明総裁ご夫妻を代身して、祝賀の言葉を申し上げます。
私たちは、数十年間にわたって宗教間の平和と協力の為に物心両面で惜しみなく投入して下さったご夫妻にお世話になった者たちです。また、ご夫妻のこのような献身の源泉であり本連合と関連団体の持続的な成功に寄与するご夫妻の神学的ビジョンに対して、感謝申し上げなければなりません。
ユダヤ教とイスラム教の対話に臨む皆様の決心と献身は、皆様の勇気と理想を高めるものであり、そのような皆様は、現在私たちが切実に必要としている仕事の先頭に立っておられます。
文鮮明総裁ご夫妻の指導の下における統一に向かう歩みは、苦しい茨の道でした。文総裁は今まで甚だしい迫害と不義に遭われ、文総裁に足りないながらも従おうとしてきた私たちは、そのような総裁の為にもっと平坦な道を用意することができず、文総裁が実現しようとされる高貴な理想を追求する道を築くにおいて、役に立てなかったことに対し残念でなりません。

文総裁ご夫妻は、私たちが神に近くで侍る生の為に、怨恨(えんこん)や良くない感情を持たないように厳格に指導して下さいましたが、そのことに対し神に感謝申し上げます。
他の為に生きることを通じて私たちは平和を享受したのであり、私たちの全ての力を意義あるプロジェクトに絶えず感謝しながら投入しています。また、80歳という年齢にも関わらず、文総裁に健康と若さを下さった神に感謝致します。一時は文総裁を破滅させようとした人々まで文総裁を愛すようになり感謝の心を持つようになりましたが、このような必然的な転換が文総裁の生涯において起こっていることに対しても神に感謝致します。
このような活動を支援する統一運動の根本的理由を説明申し上げ、その次に現在、世界平和宗教連合が焦点を合わせて強調している活動に関して説明したいと思います。

なぜ統一運動はこれほど宗教間の対話に投入しているのでしょうか。各自の家庭を扶養し財政的負担を抱えている勤勉な統一教徒たちが、どうして家庭の安寧(あんねい=穏やかで平和なこと)を危うくしながらも、ユダヤ教とイスラム教に関心を持ってこのような対話の場を用意する為に努力しているのでしょうか。
その答えは、文総裁の召命の内容から見つけることができますし、ご自身の使命を成すのに総裁の追従者たちまで同参させるその卓越した能力にあると思います。
文総裁ご夫妻は、「神の三大心情的痛み」を解消する為の願いから統一運動と共に生き、この運動を率いておられます。神の三大心情的痛みとは、第一は宗教間の葛藤と不和であり、第二は戦闘的無神論から現れた哲学的物質主義であり、第三は若者たちの間で進みつつある道徳的破綻です。このような内容を理解できる人なら、今まで文総裁がしてこられたことや設立された団体の価値を容易に理解できるでしょう。
宗教間の不和と葛藤は、現代人たちが、既存の宗教には現代社会の霊的な支柱としての実質的な役割がないと考え、宗教を拒否できる弁明の余地と可能性を提供していると文総裁は見ておられます。葛藤を抱える宗教を人々は冷笑の思いで眺めています。宗教は実用性と尊厳性を失い、もはや人間の事情に対して神聖な指導力を発揮する媒体としての機能を喪失しています。
そうなると、人間の生活との関係は段階的に崩壊し、神との関係性は喪失し、天国と永生に行く道は塞がるようになります。宗教間の不和が愛と慈悲のみ旨成就に対して障害や妨害とならず、罪なく感受性が鋭敏な人々が神の元に行く道に導いていたなら、統一運動は敢えて世界平和宗教連合を支援しなかったことでしょう。
同様に、哲学的物質主義と国家が支援する戦闘的無神論は、人間が神の前に行く道を妨げています。文総裁を始めとした統一教徒は、神の憂いを解消する為に生きながら、神を敵対視する制度や団体に立ち向かう為のプロジェクトと企業に莫大な投資をしてきました。膨大な費用がかかるワシントン・タイムズのような事例は正に、神の第二の憂いを解消する為の文総裁の犠牲精神が反映されたものと見ることができます。