「安倍氏と統一教会」論議(1)

hirachyuu

【Nさん】
 安倍氏は被害者ですが。べらぼうな献金をさせた点で統一教会は加害者。それを野放しした「加害加担」をした自民党の責任は重い。安倍氏はその自民党を率いていた。なぜ統一教会を規制しなかったのか。ある意味、安倍氏を殺したのは自民党と安倍氏自身。
 統一教会が悪どい事をしていると分ってなかったなら同情の余地はあるが。統一教会は私が若い頃の30年以上前から壺商売や高額献金で問題になっており。問題になったいた宗教団体から支援を受け、講演にも出かけてズブズブ関係を続けていたのが自民党。
 しかも首相の安倍氏まで講演してるとなれば、被害者からすれば絶望的になるだろう。「政府を味方にしている宗教団体を加害者に訴えても誰も相手しない」と絶望するは当然。 
 自民党と安倍氏は明らかに統一教会の「加害」に「加担」していた側で。加害容疑者は元々絶望的な環境に置かれた被害者であったという構図で。その絶望的な構図を作った事に貢献したのが自民党と安倍氏。
 ある意味、今回の犯罪行為は「報復」となっている。勿論、日本では報復行為でも殺人は禁止である。殺人を禁止する代わりに犯罪を罰するのが政府の役割だが。
 自民党と安倍氏が支配者になる事で統一教会を取り締まる政府の機能が麻痺し。政府機能を麻痺さた点で自民党と安倍氏の責任は重い。これらの事は政府の怠慢で、怠慢を招いた当時の自民党と安倍氏の責任は重く。ある意味、安倍氏は自らを殺した格好。こうした構図が、判断を難しくしているように思う。


        



【Mさん】

 この悪どい事をしているというのはなんの事ですか。まさか高額献金、宗教的物販のことを指しているのではないでしょうねw
高額献金もそうですし、献金に対する考え方は個人個人違うもので必ずしも高額献金は統一教会だけではありませんし、また統一教会の中でもあまり無理をしない人々もいます。
もう何度も取り沙汰され、またかという感じですが、安倍首相はその霊感商法を取り締まる法整備した首相なのにまたここでも加害者と言われています。
 このようにテロリストに寄り添う低レベルの思考が独り歩きしたままになって、安倍首相が殺されて当然だったかのような話を平気でするのです。



【hiratyuu】

なるほど、
文先生の自叙伝の後半部分に「21世紀の宗教が最終的に目指すもの」という箇所があります。その一節を転載します。
『神様は愛と平和の世界を願ってこの世を造られました。自分の宗教だけが唯一の救いであると言い張って混乱を引き起こすのは、神様が願われる事ではありません。神様は、この世界の全ての人が平和と和解、共生の為に一生懸命に働くことを願われます。
教会に行くがゆえに家の中に混乱が起きるとすれば、私は躊躇なく「家庭を守りなさい」と言います。
なぜかと言うと、
宗教は神様の完全な世界に入っていくための手段であって、それ自体が目標ではないからです。』と、文先生は記します。
 山上容疑者の家庭状態にあって、母親が1億円もの献金をしたことが、問題なのです。
 救いと言いながら献金目標達成を目的とし、「〇〇さんの摂理が始まった」と言って、組織的に婦人たちがチームプレイで活動している姿を数多く見てきました。目標達成して、神様が働いた、です。何億、数千万円献金しても、家族の反対を受けるならば、教会は返金すれば良いだけです。結果、その信者が、教会に来なくなっても、それで良いのです。
 M婦人は、霊の子から預かった数百万円のお金を、自分の家庭の先祖解怨祝福のため献金をしました。霊の子から、預けたお金を返してほしいと言われ、右往左往している姿を見ました。工面して返したのでしょうが、霊の子は、それ以降、教会に来なくなりました。それで良いのです。
献金につまずき、教会に来なくなった婦人を数多く見てきました。
信仰を貫き、離婚したり、自己破産した婦人たちも数多く見てきました。
自刃する2世、婦人もいました。
 数年前、認知高齢者の献金に念書を書かせ、その動画を撮影し、献金の正当性を最高裁の証拠として提出しました。2審までUCは勝訴していたのですが、最高裁でひっくり返りました。当たり前です。宗教が念書を神様にしてしまったからです。言い訳は通じません。開いた口が塞がりません。
 1991年、環故郷の頃から、文先生は何度も改革に取り組んできました。挑んだ直系の3男様、4男様、7男様、全て追い出し、結局は改革出来ずに、現在の状態に至ったとする個人的な見解です。
 日本では、一審判決の法人解散、韓国の韓鶴子女史の逮捕起訴、米国裁判の完全敗訴、天の父母聖会は、膨大な賠償金を抱え、自業自得の受難を受けています。
内的刷新ができなかった結果、神様は左派を用いて、外的粛清を始めています。イスラエル神殿が破壊されたように。
内的原因は、文先生の遺言書『八大教材教本を改竄し、出鱈目な真の父母論や、韓民族大叙事詩などを作り、何でも信じてしまう善良な日本人祝福家庭から献金を集め、宦官たちが中抜きしているからです。
今、韓国では、全て明らかになり、暴露され、報道されています。
組織は、紀藤氏や、エイト氏、中国が、左派が悪いなど、外に目をそらせているようですが、内憂を隠す常套手段です。
信者祝福家庭が、この問題に気付かないゆえ、社会から糾弾されていると思います。
解決は、まず、
祝福家庭、特に2世3世信者は、文先生のみ言を訓読し学び探究することから始まると思います。
自分で、学び、探し求め、実力をつけることです。組織の指示待ちの信者家庭は終わる時代です。
『統一教会は解散しなければならない。』が文先生のみ言。
制度化された組織信仰や人間信仰を文先生は指導されていません。宗教の時代は終了、
本当の家庭教会時代、超宗教時代の到来です。
1世の父母世代は、間もなく、霊界に行きます。



【Yさん】

納得です。


【Mさん】

 ありがとうございます。
 私の感想が恥ずかしいです。離れている間、献金摂理が激しいことは肌で感じておりました。離れていても献金のお声がけがあったのですから。
 最近、お父様の最晩年の御言葉が重要であるにもかかわらず、それは難解すぎるとして信徒に丁寧に開示していないと聞きました。
お父様の突然の聖和で何をどうすれば分からなくなり研究しているとの事。
 確かに目標に燃える女性たちがいるのは本当のことで一部に限った事ではなく、そういう女性がいないと出せませんでした。その人たちは、今時代が代わり、深い世界というのにはなかなか馴染めないと話しているのを聞いたこともあります。



【Yさん】

反省が必要なことは確かですね。



【Sさん】

Mさんへ
 「献金、摂理」の言葉に抵抗があります。その言葉が、律法脅迫となって、山上母は1億近くの献金したのではないだろうか?
人間が編み出した信仰は、弱い人達に「洗脳脅迫」となって行く。
 「愛」とは、自分が「主人」として行動する事です。カルト信仰すると、自分が主人とならず、組織や教祖の「奴隷しもべ」となって行動する。それは間違いです。
 霊神なる三一の神を信仰するとは、神にはしもべだが。人や此の世には「主人」exousiaです。自分の物は「自分の自由権利」exousiaです。
 それを「献金摂理」の言葉で、「教団教祖を主人として献金せよ」の律法脅迫する。それは自分を「主人」とした態度では無い。「あなた方の主人的自由exousiaを、悪の奴隷に消費してはならない」。
 三一の霊神を信仰するとは、此な世の全てに対して「真の主人になる」事です。教団教祖の奴隷となって1億の献金など、とんでもない!。それは「子供の金銭を盗み勝手した泥棒罪をした」事になる。
 「あなた方は人の奴隷になってはならない。此の世の主人として行動しなさい」とある。自分が所有する「時間や金銭や所有物」については「自分が主人」。その使い道に関しては「悪を強固に憎み退けて、善なる三一霊神に結合親結した行動をしなさい」と。
 三一なる霊神は「子供を放置して1億献金して、教団教祖を主人として、韓国米国へ行って教習を受けよ、伝道せよ、献金摂理、何々摂理をせよ」と命じるだろうか?。
 霊神なる三一の神は「私の荷は軽い。此の世の悪霊や悪人から負い切れない重荷を負わされている人は私の元に来て、私に学びなさい。私は柔和で優しく忍耐深く教えます」と言っています。
 霊神なる神の言葉は簡単。「悪を憎み退けなさい!。それが愛アガペですよ」と。諸々の「摂理」云々の言葉で「悪の奴隷」になっているカルト被害者。
 霊神なる三一神は「構わない。全てを切ってしまいなさい。私の元に来て、私に学びなさい。私は柔和です。カルトや悪人は処罰云々をいうが。私は姦淫の女も処罰しない。私は罪の無知にある者に、豊かなライフを獲得させる為に遣わされたのです」と語る。
 「悪をキッパリ退けて」神の愛に居なさい。「家族の物を盗んで、悪を主人として献金する」は、無知の罪です。悪を主人とする奴隷になっている事で、家族に対しては、家族を侮った「横着悪人、大悪人、卑怯者、不誠実者」になっている。
 霊神なる三一神は、此の世の悪霊奴隷になっている人々に「私は自由を獲得させる為に遣わされた」と語っている。愛アガペとは「悪の奴隷になる事を拒否して、霊神なる神に結合接着する」事。
 そういう人は「世の諸々に対して」「真の主人」の行動ができる。「あなた方は、あなた方の持ち物に対する自由権利、主人権利を、悪の奴隷になって悪に使ってはならない。あなたやあなたの家族周囲を幸福にする愛アガペ善に使いなさい」と命じている。
 エデンを預かろうとも、身一つを預かろうとも「それを有益繁栄に至る愛アガペ善に使う」。それが主人です。悪の奴隷になって、自分や家族を悲惨不幸にしてはならない。
 私達は柔和で優しい、重荷を負わさない「霊神なる神のしもべ」になるべき。悪の奴隷しもべになってはいけません!。
 私は柔和で優しいから私に学びなさい、と霊神なる神は言われる。迷った時は霊神なる神に申し上げなさい。神は必ず教えます。霊神なる神の命令に立つのであって、絶対に人や人教団、人教会を「神」としてはなりません。

        

         


【Yさん】

 正しい聖書理解に基づくご指導ありがとうございます。多くのカルトの間違いはそこにありますね。

 問題の教団は創始者の教えは極めて原理的であり聖典の教えに完全に一致していたにもかかわらず、教団を任された指導者達は様々な活動の資金繰りのためだったのかもしれないが、間違った指導によって過剰な極めて非道徳的なやり方で本人達の家族や家庭を蔑ろにした過剰な“献金”という名の実は収奪を繰り返して来たことが実際です。正しく神の御心やみ旨を教えないで外的物質的結果ばかり追及した結果だと思います。

 深く悔い改めと反省が必要だと思います。



【Iさん】

 このN氏のような人は社会的価値のある人物とされるためには何をしなければならなかったのだろう?
自民党を批判した所で、政治家としてやったことは献金に関しては分からないことであり、不作為に留まる状態できることしかできなかった。政治家として共産主義に対処する事しか関与してないのである。
 なのでこのN氏のような人が献金が信者を苦しめているよという実態を訴え、信仰とはこうあるべきという声をあげていくべきであったと思う。それは教団批判ということではなく、教団の目的と献金の是非が合う範囲に限定して社会的な合意を得させることに繋がれば、もっと良い方向に向いたはずである。



【Aさん】

 信仰は人から常識を奪う。だからこそ信仰ではあろうが。



【Sさん】

 「信仰は常識を奪う」。Aさん。確かにその傾向はありますね。しかしそれは異端信仰の場合です。「真の神」信仰者なら常識的。見えない神を信じるは非常識で認可できかねますが。
 生活は常識的。人や社会を侵害しない愛アガペがある、と考えます。ヨセフやルツは「奴隷寡婦の底貧困でも、社会や職場に愛を行った」。決して悪をしてないのです。
 教会や教団を中心に置いて、社会や人に「侵害悪を平気で行う」人は「真の神」を拝する「真の信仰者」ではありません。それは「神、恐れがない」悪人です。
 伝道8:10~に「信仰者と言いながら悪をする平気者は災いを受ける」とあります。「真の神」を拝する「真の信仰者」は愛アガペをする。
 「悪を絶対に出来ない」真の常識者だと、私は考えています。



 【Mさん】
  べらぼうと言いますが、どこにいくら献金しようが個人の勝手で良いと思います。
 この裁判は安倍首相暗殺テロリスト山上の裁判なのであって、統一教会存続の事は何も関係ありませんよね。
なぜそれとこれがごっちゃになって語られるのか意味がわかりません。
テロリストに名前も与えない、で良いのでは?
 私は内部は問題もありますが、山上家に予め1000万残して献金したことは配慮もあったと思いますし、山上が語るように大変な家庭環境だったので先祖の救いを考えなければと思ったお母さんの気持ちもわかりますし、要請に応じて半分返金した統一教会も完全に悪とは言いきれないと思いますよ。
それを「カルト」だ云々と言われる筋合いはありません。
我々はイエス様が初臨メシア、文鮮明夫妻を再臨のメシアと信じているだけで、神様への献金は日々の1/10献金、その他に再臨主が進めようとしてきた世界の摂理献金、霊界を整備し良き教助ができる絶対善霊となるための先祖解怨祝福のための献金、と頭を分けて献金しており、メシアを盲信して巨額をつぎ込めば救われると信じているわけでもありません。
そのあたり変な解釈で勝手に人の宗教をジャッジするなと言いたい。同じ信徒でも額は人によって違います。無理の度合いも様々です。
先祖解怨祝福も自由な速度で進めているのであって、しかも金さえだせゃ救われると思っているわけでもありません。申込にお金は要りますが、申し込んだら今度は50敬拝を100日間お捧げするなど、ひとりひとりが霊界を動かすために努力しなければならないと教わっています。そういう訓練によって統一食口は大人しいけれど霊力が強いのです。
私が懸念するのは、このことによって新しい若い人々が「宗教に1億円も献金するなんて事をしてはダメなんだな」という印象を持ってしまうことです。それは人それぞれがお祈りして決めて良い額です。
現にキリスト教会でも会堂建設の為に富裕層にはできるだけ多く献金してもらうように呼び掛けがあるのをご存知ないのでしょうか。立派で綺麗な会堂、美しいパイプオルガン、聖歌隊の立つ場所、説教台、音響設備、それらは献金の賜物です。タダで大工さんがやってくれるんじゃないんですよ。
天理教も多額の献金で随分社会から叩かれました。
創価学会(中国寄りとか好き嫌いはあるにしても)もそうですが、多額献金が悪とはおかしいのです。浄土宗のお寺だって毎年納めている必要がありますよ。
「カルト」ってなんですか?
こういう話をする時にまっさきに「カルト」という場合、結局統一教会が嫌いだという論理は最初から嫌いな訳ですから破綻してます。
それに対して統一食口は偉いねえ。
怨讐を愛する(許す)で貫かれて、誰の悪口も言いませんから。


                                つづく


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