客観性をめぐる二つの見方
科学は本当に客観的でしょうか?
https://www.youtube.com/shorts/ycXs-C-iOfc
科学者であれば、きっと、こう答えるでしょう。
科学とは、自然界に内在する理論や事実そのもので、
これを求めて、科学者たちは日々、実験と観察に取り組んでいる
のだと。
そこには、個人の主観やバイアスが入る事など、あってはならないと。

対して、科学に批判的な者なら、こう主張するでしょう。
科学は実は、人間の社会的営為の産物であると。
そこには、科学者集団のイデオロギー(理念)やバイアス(先入観)が常に入り込んでいると。
最終的に人間が視覚を通して見るというプロセスを外せない限り、
人間のバイアスを完全に排除することは不可能である。
客観性とは、ただの努力目標であると。

このような客観性をめぐる二つの見方は、
科学知識を自然に属するものとみなすか、
人間の社会的構築物とみなすかという対立です。
皆さんは、科学は客観的だと思いますか?
文先生のメッセージ
【八大教材教本 原理講論 総序】
新しい真理は、宗教が探し求めてきた内的真理と科学が探し求めてきた外的真理とを、統一された一つの課題として解決し、それによってすべての人々が、内外両面の無知を完全に克服し、内外両面の知に至ることができるようなものでなければならない。
知るということは、すなわち、認識するということを意味するのであるが、人間は、あくまでも論理的であると同時に、実証的なもの、すなわち科学的なものでなければ、真に認識するということはできないので、結局、宗教も科学的なものでない限り、よく知ってそれから信ずるということが不可能となり、宗教の目的を達成することはできないという結論に到達するのである。
このように、内的真理にも論証的な解明が必要となり、宗教は長い歴史の期間を通じて、それ自体が科学的に解明できる時代を追求してきたのである。
