仕方なく相対的な存在を造らなければなりません。

hirachyuu

 今日の既成教徒たちは、「全知全能の神様は元から栄光の中の栄光の主体であり、幸福の中の幸福の主体であり、すべての愛と生命の主体なので、それによらないものがない」と大声を張り上げています。

 しかし、いくら絶対者だとしても、絶対的な対象をもたなければ、仕方なく不幸になるのです。

 神様も絶対的な立場に立つことができる一つの対象を探せなければ、滅びるしかないのです。

 いくら絶対者だとしても、絶対的な対象をもたなければ、やむを得ず不幸だというのです。したがって、神様が滅びないためには、仕方なく相対的な存在を造らなければなりません。

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