天国について「NTライト神学」と「文先生の思想」

hirachyuu


文先生のメッセージ 「宇宙の根本を探して」


では、どこで天国と地獄が分かれるか調べてみましょう。空中ですか。どこでしょうか。正に皆様の生殖器です! 深刻なことです。これが天地をひっくり返しました。この事実を誰が否定できますか。レバレンド・ムーンが発表した「原理」の本の堕落論に説明がなされています。疑問に思えば神様に尋ねてごらんなさい。皆様としては夢にも想像できない内容と理論をもって、体系立てておいたレバレンド・ムーンの「原理」の本に誰しも反対することはできないのです。

 レバレンド・ムーンが天国に行くか、行かないか、気掛かりなら、死んで霊界に行ってみれば、分かることです。きょうの夕べ、私の話を聞いて気分が悪くなったのなら、割腹して死んでいただいても結構です。そうすれば、分かるでしょう! レバレンド・ムーンがこの道を探すために、死の道を何度も超えてきたことを、皆様は知らなければなりません。神様を数百回も泣かせた人がレバレンド・ムーンです。歴史始まって以来、誰もレバレンド・ムーンほど神様を愛した人はいません。それゆえ、いくら世の中がレバレンド・ムーンを滅ぼそうとしても、私は絶対に滅びません。神様が保護してくださるからです。皆様もレバレンド・ムーンが教える真理圏内に入ってくれば、神様が共に保護してくださいます。

 生殖器を、目がつぶれた盲人のように、方向を失ったまま使用すれば地獄行きであり、反対にこれを神様の絶対愛に基準を合わせて使えば天国の高い所に行くのです。これは明白な結論です。今、青少年の問題が深刻な問題です。エデンの園でアダムとエバが、青少年期に日陰で淫乱によって堕落して、フリー・セックスを蒔いたので、取り入れの時期である終わりの日には、必ず世界的に青少年たちのフリー・セックスの風潮が蔓延するようになる現象が現れるのです。

 終わりの日には再臨主が神様の真の愛を中心として、堕落圏内に陥った人類を絶対愛圏内に引っ張り上げ、救われる戦略を、サタンは知っています。ですから、サタンはどこにも愛の基準を置くことができないので、アダムとエバを堕落させる時に天使長がそうしたように、全人類をフリー・セックスに押しやって、裸になって死んでいく方向に全世界を引っ張っていくのです。人類がすべて天使長の後裔たる末路に直面するようになるのです。

 エデンの園からサタンの支配圏内に陥ったアダムとエバの後孫が、今日の人類なので、サタンは堂々と神様の前でも、この世界のすべての男性と女性を引っ張っていき、自分のやりたいとおりにすることのできる権限を主張するというのです。神様はサタンが何を願うかを御存じなのです。サタンはフリー・セックスを通して、ただの一人も神様の前に帰れないように、言い換えれば、全人類を完全に駄目にしてしまい、地上地獄をつくろうとするのです。

 今日、私たちが生きているこの世界が、地上地獄となっていく世界でなくて何でしょうか。したがって、このように地上地獄になったこの世界と一八〇度異なる、正反対の道を求めていけば、天国に行く道があるのです。再臨主が来て、この世の中を救ってくれるのも、正にこのような一八〇度反対の道を教えてくれて、天国に導くことなのです。

 それでは、フリー・セックスの道と一八〇度異なった正反対の道とは、どのような道でしょうか。偽りの父母が現れて、つくっておいた道がフリー・セックスの道なので、真の父母が現れて、この間違った道を正してあげなければならないのです。神様は干渉なさることができません。その地の主権や軍事力、経済力、政治力でも手をつけることのできない問題です。偽りの父母によって引き起こされたことなので、真の父母がメスをもって手術しなければ、決して人類は救われる道がないのです。

 罪を犯した者がその罪を蕩減しなければならないのです。家庭で結婚を誤って、血統が一八〇度ねじれてしまったので、真の父母が来て、結婚させ、一八〇度原状に戻すことによって、天国に行く道を開いてあげるようになるのです。



【天聖教 宇宙の根本】 神人一体と愛の理想完成
 神様の結婚式が、アダムとエバの結婚式です。

それゆえに、地上天国と天上天国が同時に生まれるのです。愛のすみかから出発するのです。男性と女性の生殖器を中心として、堕落しないで出会うその時間が、地上 天国と天上天国出発の起源地です。三大王権を樹立すべき基地がそこです。その場でなければ、愛のすみかを成すことができません。



N・T・ライト氏

「多くの人が天国について誤解している」



2020年1月5日15時06分


 新約聖書と初期キリスト教が専門の著名な神学者であるニコラス・トマス・ライト氏(71)によると、大抵の現代人は天国を死後に行く世界と信じているが、新約聖書が書かれた時代の初期のキリスト教徒たちは、そのようには信じていなかったという。

 ライト氏は昨年12月、米タイム誌に掲載した寄稿(英語)で、初期のキリスト教徒は現代人とは対照的に、天国は死後に行く場所だとは考えていなかったと強調した。

 新約聖書が書かれた当時、「人は死後、天国に行く」という概念を信じていたのは、ローマ時代のギリシャの著述家で、神託で知られていたデルフォイの神官も務めたプルタルコスをはじめとする「中期プラトン主義者」たちだったという。

 「イエスの最初の信者たちが死後どうなるかについて信じていたことを理解するには、新約聖書の世界観、つまりユダヤ的希望の世界観、ローマ帝国主義下の世界観、ギリシャ思想の世界観を通して新約聖書を読む必要があります。そのような複雑な環境で育ったイエスの信者たちは『天』と『地』を双子のような被造物、つまり神の空間と人間の空間という瓜二つの被造物として見ていたのです」

 ライト氏によると、初期のキリスト教徒は、神が人を地から救うのではなく、神が天と地を融合させて被造物を新しくし、この世をすべての病状から回復させてくださると信じていた。

 「その後(この世をすべての病状から回復させた後)神はご自分の民を死からよみがえらせると彼らは信じていたのです。神がそうするのは、救い出して新しくした被造物をご自分の民と共有するためであり、ご自身が管理しているものを民と分かち合うためなのです」

 キリストの復活は、被造物を新しくするこの偉大な御業の初穂であり、最初期の信者たちはそう理解していた、とライト氏は言う。

 「イエスは『天』と『地』の完全な融合をご自身のうちに体現されました。つまり、イエスのうちに古代ユダヤの希望がついに実現したのです。ポイントは『天国に行く』ことではなく、天のいのちが地上に到来することでした」。ライト氏はそう述べ、イエスが弟子たちに「天になるごとく、御国をこの地に来たらせたまえ」と祈るよう教えたことを指摘した。

 「3世紀の頃には聖書教師の一部がこの概念をプラトン主義と融合させ、『地上を離れて天に行く』という概念を生み出そうと試みました。中世になるとこの考え方が主流になりましたが、イエスの弟子たちはそのような考え方はしていませんでした」

 福音を十分に理解するには、新約聖書に流れるユダヤ的思考に気付く必要がある、とライト氏は以前、クリスチャンポストとのインタビュー(英語)で語っていた。しかし、さまざまな理由から、そのユダヤ的思考は何世紀にもわたって失われてしまったという。

 「(パウロは)ユダヤ的思考や物言い、表現方法を一度もやめたことがありません。つまりパウロは、唯一なる神が真のメシアを遣わしたと信じていたのです。

 時代を経る中で異教的要素を取り込んだキリスト教は、しばしばこのユダヤ的概念を無視しようとしたり、消し去ろうとしたりすることさえあります。『キリストの教え』を本質的に非ユダヤ的な宗教に変質させてしまい、パウロの主題を副題程度のものにおとしめてしまっているのです」

 2世紀以降、非ユダヤ的集団は救いのメッセージを平坦化し、古代イスラエルの理解を「新興宗教的なもの」、あるいはいわゆる「救われる」というメッセージに変質させてしまった、とライト氏は語る。

 そして、タイム誌に掲載した寄稿では、次のようにつづっている。

 「イスラエルの正典は、神が再び戻って来られ、直接的にご自分の民と永遠に住まわれると長年約束していました。初期のキリスト教徒はそれを次のように表現しました。『ことばは人となって、私たちの間に住まわれた』(ヨハネ1:14、新改訳)。『住まわれた』という言葉は、字義通りには『幕屋を張られた、天幕を張った』という意味です。モーセの時代の荒野における『幕屋』やソロモンが建てた神殿を暗示しています」

 「新約聖書を(私たちの期待に合わせて押しつぶしたり、刻んだりするのではなく)歴史に沿って学び、新約聖書独自の世界観で見るなら、初期のキリスト教徒は『死後、天国に行く』とは考えておらず、神がイエスにあって彼らと共に住むようになると考えていたことが分かります」

 「現代人には、このような理解をするのは難しいです。とても多くの賛美歌や祈り、説教などが『天国に行くこと』について語っているからです」とライト氏は続けた。

 米ピュー研究所が2014年に実施した宗教観調査では、米国人の72パーセントが天国を信じていると回答したが、調査では、天国は「良い生活を送ってきた人々が永遠に報われる場所」と定義されている。同様に、特定の宗教的伝統を持たないとした人たちも、37パーセントが天国を信じていると答えている。

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