どれほど驚くべき男性と女性の愛の器官でしょうか。

hirachyuu

 道教の養生法の一つに「房中術」があります。目的は病気予防と長寿です。
 房事=性愛に間違いがあれば長寿はまっとうできない。病気にもなると教えます。


房中術 男女合気の術 陰 陽の道



 古代巫術の世界では男女の結合は崇拝の対象でもあって、豊作祈願や雨乞いに際して神殿に奉納されました。天地 陰陽の象徴でもあります。


歴史的に見ると


 古代から、女性の妊娠と性交については、信仰の対象でもあったわけですから、当然、 道家の思想の根底となるのは当然です。
 天と地の陰陽が交わってこの世が誕生したと考えられていましたから、男女の陰陽も交わることによって、 命がはぐくまれるという考えも当然なのです。
 古代には王族たちは、多くの宮女と性愛をしたために、精をもらしすぎて寿命をちじめました。また、多く の女性と接するためには精力もつけなくてはいけませんので、栄養や薬草の研究も行われました。こうして セックスの具体的な方法、妊娠出産についての研究も盛んになり、道家の方術として発展してきます。薬物 や、刺激によって一晩に何度でも勃起させて性交をするようにさせることと、射精をしないことで、精を温 存していく方法が行われるようになります。しかし、王族の独占欲により、秘密にされるようになり、また 単に快楽を楽しむという傾向もでてきますので、禁止するような時代もやってきます。
 こうして、具体的な方法は、文献から姿を消して、道家の内丹術が房中術ぬきで語られるようになってきま す。
 房中術に関しての古代の文献は、馬王堆のように、古墳のなかから出土できたものもありますが、今では失われているものもあり、全貌をあきらかにすることはできません。
 残っている文献からおしはかると、節制 をしないと、精を失って病気になるが、禁欲はかえって健康を害する。適度に行わなければならないこと。 また、女性の陰の気を受け入れるために、前戯を充分に行って、女性の気を高めていかなければならないこ と。精を漏らしすぎてはいけないことなどです。
 性愛の間違ったやり方によって起こる問題。その解決法。正しい性愛の方法が書かれていますが、必ずしも 現代にそのままあてはまるわけではありません。
 現代の中国では、共産党が政権をとり、前時代の悪習を絶つという方針ですから、房中術は古典文学のなか だけのような状況ですが、少しづつは発掘されつつあります。内丹術、小周天功法は、もともとは房中術 だったとして、見直してみると、性エネルギーを循環する還精補脳という、房中術の概念に一致します。ま た、インドのヨガにあるクンダリニー上昇についても、ほぼ同じということがわかります。



               



 文先生は「天聖教 宇宙の根本」のみ言を通して、神様を中心とする夫婦愛ついて分かり易く教えて下さいました。
有難う御座います。


・夫婦の愛と父母の愛が永遠に定着する時は、結婚して愛する時です。愛する時、どこで愛しますか。口、目、耳でもって愛しますか。私は分かりませんが、皆さんはよく知っているでしょう。どのようなものですか。
 今まで人間は、生殖器を悪いものだと思ってきたのですが、今レバレンド・ムーンがそれを神聖な本宮だと教えています。どれほど驚くべき男性と女性の生殖器でしょうか。生殖器がなければ、真の愛、真の生命、真の血統、真の良心を連結できないのです。それなくして天国が出発できますか。できません! そこを通ってこそ、自由、幸福、平和の統一世界が可能なのです。そうではありませんか。



・人間の生殖器が「真の愛」の場所です。そこで愛の行為が連結されるでしょう? ほかの所でそのようになるのではありません。そこが男性と女性の生命が連結され、一つになる宮殿です。そして、男性と女性が一つになれば、その血統から息子、娘が出てくるのです。ですから、血統の宮殿です。それほど重要なのです。


・宇宙の根本とは何かというこの問題に対して、祈祷して、神様にすがって大騒ぎをしても、教えてあげることができないのです。誰にも教えてあげることができない内容であることを知らなければなりません。それはおかしいでしょう? 神様が教えてあげれば、天下に一日統一が起きるはずですが、人間が誤ったので、人間自体が罪を犯したので、罪を清算しなければなりません。未知の立場に落ちたので、この未知の立場を克服して、この線を越えた人でなければなりません。病気が治った人でなければ病院から退院できないのと同じです。


神様と人間がどこで出会うのですか。男性と女性が一つになって愛する時間、生殖器を中心として一つになる時間に会うのです。これが堕落したために、世の中を滅ぼし、天地を滅ぼしたのです。それゆえに悪いものになりました。男性と女性が愛する時、神様を迎えにいくのだと考えなければならないというのです。下半身を見る時、「どうやってこの器官を、愛を中心として連結させようか。どのように奉仕して歓迎しようか。どうすれば真の愛を中心とした夫婦生活をすることができるだろうか」と毎日考えなさいというのです。私の体がそのような位置にいるのです。
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