宇宙の根本鉄道「真理の終着駅」を探してみました

hirachyuu

 鋭い視点を論じるブロガーの記事を拝見しました。

まるくまーる(元教育部長の講義日記)さんの

降りる駅のない列車」のブログ記事です。


 哲学にせよ宗教にせよ、「真理」を熱心に求める人たちがいます。「これが正しい」と思へるものを手に入れたい人たちです。その人たちが真理を求めて、「本質を求める列車」に乗る。そして「これが私の求めていた真理だ」と思へる駅に停まると、そこで降りる。

たとへば、「キリスト教駅」で降りた人はクリスチャンになる。「仏教駅」で降りた人は仏教徒になる。「共産主義駅」で降りた人はマルキストになる。そんなふうに、多くの人は「これが真理だ」と思つた駅で降りて、その駅に相応しい人になつていくでしょう。
・・・・・
そして、
「本質を求める列車の旅は、降りる駅のない列車に乗ること」
であると論じられています。

・・・
 終着駅がないといふのは、たとい究極の存在があるとしても、それは永遠に不変だといふ存在ではないといふことです。
 もし神の本質が「天の父母」だとしても、その駅になかなか到達できなかつたのは、人間の愚かさのゆゑではない。人間が「万軍の主」だと呼んでゐたときには、神は本当に「万軍の主」だつた。つまり、人間が「万軍の主」だと思つてゐるときに、神は自ら「天の父母」になることはできない。その本質は、人間との相対関係で変はるのです。


 人間が変われば、本質も変わる。だから、人間が無限に変わり続ける存在であるなら、終着駅はないといふことになるのです。「ここでいい」と言つて止まるより、永遠に変わり続けるほうが、人間にとつてばかりでなく、本質にとつても、よほどいいのではないでしょうか。




と言う内容でした。


鋭く面白い視点だと思いました。
まるくまーるさんと
ブログ主のお考えを尊重いたします。


               


その上で「真理の終着駅」の理論を
「人間の結婚とは」に焦点を当てて考えてみました。


論点は、
「一夫一婦制」「一夫多妻制」「多夫多妻制」「同性婚認可制」
など、「人間の結婚観に対する終着駅は何処なのか?」です。


皆様は、どのようにお考えになりますか?

 祝福家庭の私たちは「一夫一妻制」が当然の結婚観です。

その家庭が拡大することで、「ワンファミリーアンダーゴット」の平和理想世界が実現できると確信しています。

一方、不倫も文化、スワッピングや同性愛も、全て愛なのだから全て受け入れ容認する
社会が良い、その上で平和社会と考える方もいらっしゃいます。


宗教、国家の歴史を振り返ると、
 日本は明治31年まで側室制度を有しました。イスラム圏、
ヒンズー圏、神道仏教圏、共産圏も「一夫多妻」・・・、
教皇庁に至っては、小児性愛・ホモなども・・・


 最近の日本では、県庁職員幹部同士の不倫が記された公的パソコンは、個人情報だから公開報道するな、の論調がまかり通る時代になりました。



「本質を求める列車の旅は、降りる駅のない列車に乗ること」
なら、「結婚観の本質を極めることも、降りることのない列車」になるのかもしれません。


 人類は「一夫一婦制」を通して、幸せな家庭を作り、世界の平和に貢献する「終着駅」が、家庭連合のビジョンであると信じる者です。


家庭連合の教義「統一原理」は、


*宇宙の根本は何か、                                                                       *人間はどうして生まれたか、                *不幸の原因はどこにあるのか、               *どうしたら平和で幸福な世界ができるのか、

と言ったさまざまな問題が明確に解かれ、人類の未来に新たな 指針を与えるものです、と公式サイトに明記されています。

この事を見失うと、解散なのかもしれません。

 各々の家庭が全て責任を持ち、アベルに報告?教会に実績報告?、一切必要ないと思います。向かうべき、やるべきことは既に決まっています。文先生は、遺言書「八大教材教本」を準備して下さいました。み言はいつでも学べます。


「天のお父様」か「天の父母様」かについて

「姦夫サタンの血統」から「父なる神様の血統」に転換する聖酒式(蕩減式)の価値を理解すれば、信者は「天のお父様」の呼称を変えることはできないでしょう。

 祝福家庭は、上記の最重要の価値観の中に生きている群れです。「天のお父様」です。

 一方、父親の精子、母親の卵子から、子供が誕生する生物学的観点での血統は、「父・母の遺伝子が合わさった血統」です。肉身の父母の血統です。

 宗教において教義を変えることは「信教の自由」です。   何を信じても、解釈が変わっても「信教の自由」です。    教義論争し、お互い否定しあうことも「信教の自由」です。

 一方、科学者から見れば、「姦夫サタン」「父なる神様」の血統論議は、おとぎ話の聖書物語です。            「それは宗教の世界の話でしょ」になってしまいます。                     

 況してや、「天のお父様」「天の父母様」論議など、犬も食わぬデス。「堕落論」でなく「堕落原理」が必要です。

 過去の宗教は通過した駅になり、「宗教と科学を統一する新しい真理」の終着駅が近づき、全員降りることが出来るのかもしれません。

 もちろん、先頭は、文先生の教え「八大教材教本」に従った祝福家庭であり、天地人真の御父母様の直系アベルの血統に従った祝福家庭だと思います。

×

非ログインユーザーとして返信する