(83) 真空って何?
①ー4 肉的五感と霊的五感で感じる神様の真の愛
「量子の世界に霊界が隠れている」と仮定し考察します。
・「性相」「心情」「愛」について
文鮮明先生のメッセージからです。
・今日の科学によると、原子を構成している素粒子は、すべてエネルギーから成り立っているという。それゆえ、そのエネルギーが素粒子を形成するためには、必ずそのエネルギー自体の中にも、素粒子形成の目的を指向する性相的な部分がなければならないということになる。
更に一歩進んで、このように性相と形状とを備えているそのエネルギーを存在せしめることによって、あらゆる存在界の究極的な原因となるところのある存在を我々は追求せざるを得なくなるのである。
この存在は、まさしく、あらゆる存在の第一原因として、これらすべてのものの主体となる性相と形状とを備えていなければならない。
存在界のこのような「第一原因」を我々は神と呼び、この主体的な性相と形状のことを、神の本性相と本形状というのである。
【創造原理】
・心情とは何でしょうか。それは神経に続くあらゆるものを担っています。それは生活観念など、あらゆるものを通過できる内容と力をもっています。
生命の根源の位置にあるのが心情なので、生命を否定したとしても、心情を否定することはできません。存在を否定したとしても、心情を否定することはできません。心情は存在以前のものです。ですから、神様は愛だという結論になるのです。
(『文鮮明先生御言選集』15-37 1965.1.31)
・宇宙の根本概念とは何でしょうか。哲学者たちも、宇宙の根本概念がどこから出てきたのかということを知りません。
真の愛! 神様もなぜ存在するのかといえば、愛ゆえに存在するのです。愛ゆえに神様が必要であり、愛ゆえに神様がいらっしゃるのです。神様も愛のために生まれたのです。それゆえに、宇宙が存在する前に愛の概念があったというのです。
この愛の概念の完成は何かというと、雄と雌、 陽性と陰性がなければならないということです。存在するすべてのものは二種類の類型があります。【天聖教 宇宙の根本」
・宇宙論的論証 「真空のゆらぎ」(2019年現在)
「科学的に遡ることができる最初の物理状態」として一定のコンセンサスがあるのは「真空のゆらぎ」までのようです。
これは「素粒子と反素粒子が真空中で生成消滅を繰り返している状態」だと言います。それ以前のことになると科学者の間でも意見が違っていてよく分かりません。
さて上のような論争で物理学者が「真空のゆらぎ」を持ち出したとしても、それで議論が終わりになるとは思えません。
例えば「ではその『真空のゆらぎ』はどうやって生まれたのか」「素粒子や反素粒子はどうやって誕生したのか」などと、さらに時間を遡って問い続けることができるからです。
将来的に科学がさらに進歩して、正真正銘の「最初の物理状態」がどんなものだったのかが解明されたとしましょう。
ところがその「最初の物理状態」については、それより前の物理状態から物理法則に基づいて説明するわけにはいきません。
何しろそれが「最初の物理状態」であって、それより前の物理状態などないからです。
つまり論理的に考える限り「最初の物理状態がどのようにして準備されたのか」という問いは〈科学を超えている〉ということになります。
このように、あらゆる物事の原因を遡及していって最終的に辿り着く究極的な原因を哲学や神学ではよく「第一原因」と表現します。
質問
>真空の何もない空間から、素粒子やエネルギーが出てくると聞いた事があるんですが?
回答
多分、量子論の不確定性原理から導かれる、対生成のことでしょう。不確定性原理というのは、今の場合、位置を正確に確定すればするほど、その位置でのエネルギーの大きさが確定しなくなるということです。
つまり、原子などよりずっと小さい領域を物理的に解析してみると、そこでは大きなエネルギーが現れる可能性があるということです。このエネルギーにより素粒子がつくられます。つくられる素粒子は、普通の物質と反物質の対になります(これが「対生成」と呼ばれる)。
なお、このような対生成で普通の物質と反物質ができても、すぐさま普通の物質と反物質が反応して消えてしまいます(対消滅といいます)。
この対生成・対消滅により何らかのエネルギーなどが観測できるはずなのですが、今のところ、実際の観測では量子論から理論的に予想されるものよりはるかに小さい値しか得られていません(観測値は実質0とのことです)。
質問
>具体的には、何が出てくるんでしょうか?
回答
理論的には、何でもでてくる可能性があるのですが、エネルギーの小さいものほど対生成がおきやすいので、ほとんどの場合、光子ができます(つまり光です)。
光子の反物質は光子で、同じものなのですが、これもすぐ対消滅します。
余談になりますが、対生成しても、対消滅が起きない場合があるという仮説があります。ホーキング博士が提唱しているもので、ホーキング輻射と呼ばれています。
これは、ブラックホールの事象の地平面近くで対生成が起こったとき、対でできた一方の素粒子がブラックホールの強大な重力に引かれてブラックホールに落下し、残ったほうが宇宙空間に飛び出してくるというものです。残念ながら、これが観測されたことはまだなく、仮説の域を出ていません。
さらに真空について踏み込んでみます。
普通、真空というと宇宙空間のように何もない(厳密には星間物質がありますが、密度が小さいので今は無視します)空間を指します。しかし、量子論で突っ込んで考えた結果、観測できない素粒子で埋め尽くされているという仮説が出ています。
この観測できない素粒子はヒッグズ粒子と呼ばれています(他に、ディラックが提唱した真空は観測できない電子で埋め尽くされているという「ディラックの海」という仮説もありますが、今は割愛します)。
そこで、そのヒッグズ粒子がない空間が作れたとすると、それこそ本当の真空ということになります。そういう本当の真空の空間があるとすると、ヒッグズ粒子で埋め尽くされた普通の真空空間との間にエネルギーの差があることになり、エネルギーが取り出せるという仮説があります。
ただ仮に仮説が正しいとしても、本当の真空を作るには膨大なエネルギーが必要とされており、現実にはできません。また、その真空から取り出せるエネルギーがどれくらいの量なのかについても諸説があって、未だに定まっていません。
宇宙は現在膨張していることは観測事実として確定していますが、膨張の仕方については諸説あります。標準的な理論では、膨張の仕方は時間が経過すると、重力のせいで遅くなっていくとされています。
しかし、宇宙の膨張の仕方が時間の経過とともに大きくなっていくと主張する物理学者も少なからずいます。
つまり、宇宙が加速膨張しているということなのですが、もしそうだとすると、それが反重力のせいである可能性があります。つまり、反重力はあるのかも知れないということです。
これらはまだまだ観測が不足で、盛んに議論はされているものの、確からしいところはわかっていません。

真空のゆらぎ「対生成と対消滅」
「素粒子と反素粒子が真空中で生成消滅を繰り返している状態」
つくられる素粒子は、普通の物質と反物質の対になります。
(対生成と呼ばれる)
なお、このような対生成で普通の物質と反物質ができても、
すぐさま普通の物質と反物質が反応して消えてしまいます。
(対消滅といいます)
宇宙論の仮説論理は、創造原理に記される「授受作用の力」や「愛は主体が対象に授ける情的な力」などの定義と共有できると考えます。
内的真理にも論証的な解明が必要であるように、これら「力の原理」によって、霊界や「第1原因」の実在を論証的に解明できると考えます。

理論上の科学の表現「真空のエネルギー」は、原理の「愛の力」「情的な力」と同等である考えます。
第5回「科学の統一に関する国際会議」 1976年11月27日 アメリカワシントンDC
テーマ 「科学の調和と絶対価値の探求」 基調講演 Rev. Moon
尊敬する議長、著名な科学者,そして教授、学者の皆様。きょう、このように第5回「科学の統一に関する国際会議に」に参加された皆様を心より歓迎する次第です。特別にこの会議に引き続き参加してくださった皆様。まことに嬉しく思います。
皆様は、多年にわたって絶対的な価値の問題を討議してこられましたが、今年も「絶対価値の探求」というテーマのもとに、恭再びここにお集まりになりました。
人間と宇宙万象の存在の原因
絶対的な価値を究明しようとすれば、人間と宇宙万象の存在の始源を明らかにしなければなりません。宇宙の始まりが「有」からか、「無」からかということが問題になりますが、皆様も御存じのように、自然科学も、社会科学も、哲学や、宗教も、無の世界から真理を探求するのでなく、有の世界からある原因的存在を探し出し、そこから始まって生成された人間を含む森羅万象の存在と運行の原理を見つけだそうというものです。結局、存在の内容を明らかにし、存在物の間を関係づけることによって、すべての存在の理由と価値を探し立てようということなのです。
物質形成に必要とする最小単位を元素とすれば、それは有として規定されています。その元素形成の基本が無であるはずはなく、絶対に有から始まったという論理が成立するのです。現代科学は物質の最小単位である原子までも、その根本となるある力によって存在するとみていますが、その力もやはり有から生じたという結論に達するのです。
極小から拡大した宇宙であり、原因から出発した結果だという観点から考えるとき、私たち人間も原因的存在ではなく、あくまでも結果的な存在なので、その原因的な存在が必ずあるということがわかります。
無から有が発生したという一部の学者たちの非論理性を是正し、起源となる絶対有から小有、大有に生成し、発展したという論理体系を立てるということは、即ち、この上なく科学的な存在がまず存在し、それが万有の原因となり、その結果である小有から大有までを連結して有機的に作用するようになるということなのです。
このような点から見て、従来の進化論は再検討されなければなりません。進化しようとすれば、作用しなければならず、作用しようとすれば、力によってのみ可能なのですが、それならば、作用しながらより大きい力を生み出すことができるのでしょうか。作用では力を消耗するだけであって、より大きい存在を作り出す力が生じるということは絶対的に不可能なことです。
力は作用すれば消耗するのが原則なのですが、それが退化するのではなく、逆に進化することが可能なのか、そしてより価値ある、高次元的なものへと発展する方向性をもてるのか、ということが問題なのです。