(67)一神教は怖い? キリスト教&幸福の科学&神道 編
【Sさん】
一神教は怖い、について
神は、三位一体で補う関係
「一神教は怖い」と言う人は、詳細に言うなら「一神、信教者が怖い」というべきです。彼等は「創造神は1つ」と決めて虐殺したりの勝手をするからです。
それにブレーキをかけるのが聖霊やイエスです。聖霊=神の霊は何と言っているのか?。イエスは何と言っているのか?。聖書の人々は創造神の思いをイエスや聖書によって証言している。
私達は神という時、イエスと神の霊=聖霊を含める。イエスや聖霊を欠くなら「歪んだ神観」と言えます。

イエスや聖霊を、よく解らずとも「神はイエスと聖霊を付随している方」と見るべきです。
Kさんが、イエスと聖霊を付随せず。「イエス+シャカ」としてシャカを付随しているなら健全なキリスト教とは言えません。
Kさんは、Kさんが考える矛盾をシャカで補おうとしている。聖書の矛盾は「神、イエス、聖霊」の三一で補わないといけません。
聖書を矛盾と考えるのは「自分を土台基準、自分を神」とし、「自分が考える事に矛盾しているのは間違っている」という高慢な考えです。結果、新しいキリスト教を作る事になる。
三一信仰者は「自分は不完全な人であるゆえに、神の思いは理解できない、神の思いは遥かに高い」と身を低く判断。神が時を選んで教えて下さると。
「矛盾だから」と、自分を高い位置に置いて、神や聖書や、聖書証言の人達を低く置く。それは高慢です。自分は人に過ぎないと自分を低く置いて、三一の神にお任せする。それが正しい信仰です。
最後にローマ8章
「自分は善を欲するが善ができない罪人である」と告白したパウロは、三一の神に触れます。「イエスを死から甦らせた神の霊=聖霊を、あなた方の内に受け入れるなら、あなた方の死の身体は甦る」と。
聖霊を受け入れるなら、矛盾も解決する。ナルホドと納得する。復活させる神の霊=聖霊の奇跡を体験する。
多分シャカを持ち出すKさんは「聖霊の奇跡を体験してない」かも。神は、神を信頼する者に、神の霊の奇跡を体験させる。結果、益々神を「神とする」信仰がうまれる。
私達は未信者の時は100%矛盾だらけ。神もイエスも聖霊も受け入れられない。しかし徐々に三一の神が解る。信仰は「創造神」だけではいけない。「イエス」だけでもいけない。「聖霊」だけでもいけない。
よく解らずとも、神というとき「三一で互いに補う関係だな」と。欠けると異端になってしまう。自分を神とする矛盾合一させるキリスト教になってしまう。
三一で神を信じるなら、イエスを甦らせた神の霊は、奇跡をあなたに行います。奇跡をあなたは体験する筈です。
【Mさん】
三位一体説自体が誤り。
神も精霊も如来も菩薩も大天使もいます。
【Sさん】
存在を否定しませんが。聖書の立場は、創造神とイエスと
聖霊は一体と。
Mさんは幸福の科学でしたか?。創造神と「如来、菩薩、大天使は一体」の考えでしょう。
【Uさん】
そもそも三位一体の神とはイエスキリストを神格化する為に唱えられ始めたからですね。
父なる神、神の子、御霊の三つを一つとして理解せよ、となってます。
バチカンと言うローマカソリックと、それに抵抗するプロテスタントが繰り広げるのが世界大戦です。
あくまでヒトの欲による強奪戦争でした。今も続いてますがね。
コレらの真実から目を背ける時点で、虚構の平和に騙されてます。
信仰の在り方で一番相応しいのは神道の在り方では無いかと。
そして、古代イスラエルの神殿の構造と、神社の構造が瓜二つである事実に目を向ければ、どちらが本物か、よくわかります。
神道の在り方こそ、人間の生き様そのものです。
それを守れるのは「人間」だけですね。