子供じみたファンタジー

hirachyuu

【Yさん】

「夜の神様」と「昼の神様」も「愛の統一体」とか、なんだかこどもじみた神さまを語られてもファンタジーを聴いているような気がしてます。

 たしかなことは、わたしが信ずる神は、ナザレのイエスはわたしの主であるという単純な信仰です。

 三位一体なる神は、信仰の現実を表現すると、そのようにしか表せないからそう表現したということです。信仰の現実態の表現なのです。神は夜の神でも昼の神でもありません。昼も夜も被造世界の事象にすぎませんから、神と同一視することはできません。ファンタジーとしてなら理解出来ます。

      

  



【hiratyuu】

 確かに、「夜の神様」「昼の神様」、は子供じみた神様のファンタジー表現のように思います。

「夜」「昼」は、創世記1章3~5の聖句にもありました。


 「光あれ」、こうして、「光」があった。 神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、 光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれ・・・ です。


 「光あれ」は、宇宙の始まり「ビッグバン」を記している、と、個人的に納得しています。

また、初期宇宙の、「宇宙マイクロ波背景放射」、「ゆらぎ」、「初期宇宙の元素比率」などから、「ビッグバン」が実在した証拠として科学者は指示し、研究しています。


 私は、宗教(聖書)と科学の視点で、「ビッグバン前後の第1原因」の存在様相を、「夜の神様」「昼の神様」と表現しました。

人間は、光源(昼)の反射光を通して物(色)を見ることができ、存在を認識します。一方、闇(夜)は真っ暗で何も見えないので、物(色)の認識はできません。


大宇宙の「夜の神様」は見えない「知情意・愛・心情」、であり、「昼の神様」は見える「物質宇宙」と捉えています。

小宇宙の人間の「心」と「からだ」の関係に似ていると考えます。


 「聖句」にある「光を見て」は、「光」(波長)が「観測」によって「物質」(粒子)化する「量子論」と共有ができます。(現在は「場の量子論」に進化しています。)


 聖句には、神様が被造(物質)世界を見て、段階的(1日~6日)に創造され「良し」とされたことが書かれています。

 「観測」で、光(波長)が粒子化する「量子論」と、被造世界が段階的に創造される聖句は、共有できると考えています。科学と宗教の視点です。


 「愛の統一体」とは、森羅万象、全てが「愛の力」で創造されていることを表現しています。

目に見えない世界と見える世界が「愛で一体」であり、「心」と「体」が「愛で一体」であり、「夜・昼の神様」も「愛で一体」である様相です。

 夫婦もそれぞれの「心」と「体」があり、見える男性・女性の生殖器と、見えない神様の愛と一体となり、「愛の統一体」として絶対・唯一・永遠・不変に存在できるように、神様は人間を創造されたと確信しています。これが、アガぺーとエロスの一体「神人愛一体」です。私の信仰観です。

Yさんの「ナザレのイエスはわたしの主であるという単純な信仰」も尊重いたします。私は、神道も、仏教も、イスラム教も、ユダヤ教も、全て尊重いたします。


【Yさん】

 「ビッグバン」仮説ですが、わたしは門外漢です。結びつけるのはご自由ですが、聖書は創造者による世界創造という「信仰告白」です。それ以上でも以下でもありません。存在するものを神として信じていた囲繞する祭祀世界はイスラエルにとっては支配層でした。その環境の中で、政治的社会的に支配する異教信仰に対して、その神々は創造者によって創造された被造者にすぎないとイスラエルの祭司たちは希望の使信をイスラエルに与えたのです。純粋に創造者への信仰告白です。科学の結果と結びつけても、異なるカテゴリーの言説ですから、交差しません。



【hiratyuu】

「夜・昼の神様」について、現代科学の視点と私の信仰観を加味し、不足の説明をさせて頂きました。

神様を「三位一体の神」とする現実的表現の信仰も、「夜・昼の神様」の科学的説明も、ファンタジーなのかもしれませんね。



【Yさん】

「夫婦もそれぞれの「心」と「体」があり、見える男性・女性の生殖器と、見えない神様の愛と一体となり、「愛の統一体」として絶対・唯一・永遠・不変に存在できるように、神様は人間を創造されたと確信しています。」


 身体論、性的な身体部位と人間創造と結びつけているようですが、生殖器は他の臓器と同様に、身体の一部にすぎませんので、あなたの理解には同意できません。

  生殖器は他の生物にもあり、ない生物もあり、生殖行動なしに増殖する生物もあります。また一個体が成長過程で性転換する生物もあり、無性生殖する生きものもあります。生物のなかで人間だけが生殖行動する訳でもありません。 

 原理講論は、肉体が朽ちても霊人体が永生すると説いていますが、そもそも、二性性相という理屈は存在するものの共通性質だという理屈ですから、現に存在しているものを抽象して、陽性・陰性とか呼んでいるはずなんですが、霊人体だけの存在にはそもそも観察対象がないので、抽象しようができようがありません。

二元論の援用で、想定しているだけのことです。ですので、原理講論の「霊人体」などは存在していません。霊界も同様です。原理講論の霊界観は、古代からの原始的宗教の時代から,多様な仕方で信じられてきた素朴な「来世」観を巧みに利用しているだけのものです。ですから英語ではスピリチュアル・ワールとなどと訳したりしてますが、日本語にすれば精神世界ですから、素朴な「来世」観とはなんの関係もありません。「来世」と言ったり、「死後の世界」と言ったり、用語も、そのつど都合にあわあせて適当にちりばめているだけです。読み手が勝手に自分の思い込みをふくらませて理解するようになっています。

すみませんが、知性をもって、分析力のある人には読めば読むほど、児戯に等しとしかみえないでしょう。


 あまた存在する諸宗教のひとつとしておとなしくしているのであれば、解散請求とは無縁でしょう。

 ただし、政治の世界に、ある種の権力的介入をすれば、自ずから批判もうけることになるでしょう。

 銃をもって何をするのか不明ですが、有形力の行使を含む社会への関わりは是非とも控えてほしいものです。



【hiratyuu】

ご意見に返答します。

                                                                                                                                                                                                                                                                        「死海文書」のAI解析が進み、聖書解釈が変わると、分裂した教派が一つになれるのかもしれません。以下、頂いた上記意見に対する返答(1)~(6)を記します。 


(1) <生殖器は他の臓器と同様に、身体の一部にすぎませんので、あなたの理解には同意できません。>  

 

つづく

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