物理学が哲学になる時

hirachyuu

 人間の堕落を知的な面から見れば、それはとりもなおさず、我々人間が無知に陥ったということを意味するのである。しかるに、人間は、心と体との内外両面からなっているので、知的な面においても、内外両面の知をもっているわけである。

 したがって、無知にも、内的な無知と外的な無知との二種類がある。内的な無知とは、宗教的にいえば、霊的無知をいうのであって、人間はどこから来たのか、生の目的とは何か、死後はいったいどうなるのか、更に進んで、来世や神などというものは果たして存在するのか、また既に述べたように、善とか悪とかいうものはいったい何なのかなどという問題に対する無知をいうのである。

 また、もう一つの外的な無知とは、人間の肉身をはじめとする自然界に対する無知をいうのであり、すべての物質世界の根本は何であるか、また、それらのすべての現象は各々どのような法則によって生ずるのか、という問題などに対する無知をいうのである。人間は有史以来今日に至るまで、休むことなく、無知から知へと、無知を克服しようとして真理を探し求めてきた。その際、内的無知を克服して内的知に至る道を見いだすべく内的真理を探求してきたのがすなわち宗教であり、外的無知を克服して外的知への道を見いだすべく外的真理を探求してきたのが科学なのである。

 このような角度から理解すれば、宗教と科学とは、人生の両面の無知を克服して両面の知に至る道を見いだすべく両面の真理をそれぞれ探求する手段であったということを知ることができるのである。それゆえに、

 人間がこのような無知から完全に解放されて、本心の欲望が指向する善の方向へのみ進み、永遠の幸福を獲得するためには、宗教と科学とが統一された一つの課題として解決され、内外両面の真理が相通ずるようにならなければならないのである。【原理講論 総序】






物理学と哲学の狭間「CERN


 ここはCERNの地下トンネル、物理学と哲学の狭間で、人類は今尚、現実と言う物の本質に、日々、挑み続ける場所です。


 科学は常に、古い枠組みが壊れる場所で、成長してきました。

あらゆる不可能は、世界を0から計算し直す招待状です。

定数を検証し、アルゴリズムを書き変え、そして、思い上がりを抑えるための。

 円形加速器CERNが加速させたのは、陽子だけではなく、私たちの現実に対する認識そのものを加速させたのです。

 今、この瞬間、宇宙が微かに殆ど聞き取れないような声で、私たちに何かを語りかけているのとしたら、私たちにはそれを正しく聞き取る義務があります。

 これから先、必要なのは大げさな宣言ではなく、忍耐と職人技、より多くのデータをより厳しく検証し、より誠実に疑う事。

なぜなら、未知への一歩は怖いものですが、その一歩こそが、

時に新たな空を開いてくれるのです。




CERNで恐ろしい発見が! 

宇宙に対する理解を根本から変えてしまうかもしれません


      

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