父としていらっしゃるためには男性格主体として存在なさる
神様は男性格と女性格の二つの性品をすべて所有していらっしゃいますが、父としていらっしゃるためには男性格主体として存在なさるお方です。(創設メッセージ)
天の父母聖会では、今年から、
祈祷の締め括りに「ホーリーマザーハンの名で祈る」となりました。その意味を知りたく思っています。
原理講論 堕落論 第四節 人間堕落の結果 (5)罪
「すべての罪は、その根に該当する原罪から生ずる。それゆえに、原罪を清算しない限りは、他の罪を根本的に清算することはできない。しかしながら、隠されているこの罪の根はいかなる人間も知ることができないもので、ただ人間の根として、また、真の父母として降臨されるイエスのみがこれを知り、清算することができるのである。」とあります。
イエス様は男性です。
女性に原罪が分かるのでしょうか?


宇宙の根本を探して
神様の創造目的
28 愛、生命、血統、良心があっても一つになっていて、完全にバランスを取れば、感じられないのです。私たち人間がそうであるように、神様も愛、生命、血統、良心、みなもっていますが、独りではそれを感じられないのです。完全にバランスを取っているので、感じることができないのです。ですから、神様も相対が必要なのです。
29 相対の必要性をここから見つけることができるのです。男性でも女性でも、独りの時は愛を感じられませんが、男性の前に女性が現れ、女性の前に男性が現れる時は、相対的に刺激的な愛と血統が雷と稲妻のように衝撃を受けて問題を起こすことを知らなければなりません。だから、しっかりしなければなりません。このような真理を知らずに生きてきたのです。神様も絶対的に愛の相対が必要だという論理を、人間が悟ることができなかったというのです。
30 それなら、神様の愛の相対は誰でしょうか。猿でしょうか。人間が結果的存在であるならば、猿がその原因的存在、すなわち私たちの先祖になれるでしょうか。それではお話にならないというのです。アメーバから始まった生命体が人間に至るまでは、数千の段階の愛の門を通過しなければならないのです。
31 ただ無条件に上がっていきますか。とんでもありません。あらゆる動物もみな、同じです。種の区別は厳格です。誰も占領できません。唯物論を信奉する共産主義者たちが猿を先祖として信じ、猿と人間を交配させたとして、新しい生命体(人間)が出てくると思いますか。百年、千年しても無駄骨です。なぜ、できないのでしょうか。考えてみるべき問題です。
32 そうだとすれば、神様も何を必要とするでしょうか。何か器官をもっと必要とするでしょうか。目でしょうか、手でしょうか。必要とされるのは、私たちが考える五官ではありません。神様は男性格と女性格の二つの性品をすべて所有していらっしゃいますが、父としていらっしゃるためには男性格主体として存在なさるお方です。
33 このような基準で見るとき、神様も愛のパートナーが必要ではないでしょうか。被造世界の誰が果たして神様の愛のパートナーになるでしょうか。男性独りででしょうか。女性独りだけでパートナーになれますか。神様はどんなパートナーを願われるでしょうか。お金のパートナーですか。知識のパートナーですか。権力のパートナーですか。違います! 神様は愛のパートナーを願われるので、夫と妻が生殖器を通して一つになるその場を中心として顕現なさり、人間と出会うのです。
34 なぜその場が神様を中心として一つになる場なのでしょうか。愛は絶対的であり、男性と女性が絶対的に一つになることを願う所が正にその場だからです。横的に見れば、陽性である男性がその中心に向かって近づき、陰性である女性がまた近づき、神様も男性の性格である陽性と女性の性格である陰性が合わさって、大きく陽性的立場で、大きな陰性と合わさって一つになるのです。いつそのようになるかということが問題です。
35 結婚とは何ですか。なぜ結婚が重要なのですか。結婚は愛を探していく道だからです。愛する道、生命を創造する道です。男性と女性の生命が一体になる道です。男性と女性の血統が混ざる所です。結婚を通して歴史が生じ、ここから国が生じ、理想世界が始まるのです。これがなければ個人もなく、国もなく、理想世界もありません。これが公式になっています。
36 男性と女性は絶対的に一つにならなければならず、父母と子供たちは絶対的に神様と一つになり、神様を愛し、神様と共に生きてから、死んでそのまま霊界に行けば、そこが天国なのです。しかし、そのような人、そのような家庭、国家、世界、そのような理想的な人がいないので、神様が理想とする天国は空いているのです。今まで死んでいった人類はすべて、地獄に落ちています。天国に入れなかったという話です。
37 このような観点から見るとき、イエス様も人類を救うための救世主として来られましたが、昇天したのち、天国には行けず、楽園に行っておられることを知らなければなりません。天国に行くためには、家庭を築いて入らなければならないので、イエス様も再臨なさることを願われるのです。イエス様も結婚して家庭を築き、その家庭と共に神様に侍って暮らしてから、共に天国に入れるのであって、独りでは天国に入れないので、聖書でも「あなたがたが地上でつなぐことは、天でも皆つながれ、あなたがたが地上で解くことは、天でもみな解かれるであろう」(マタイ一八・一八)と書かれているのです。地上で解決しなければなりません。地上で病気になったので、その病気になった場所で治さなければなりません。