「終末時代」の神話と科学
1.onetasteさんのブログをとおして
恩寵と感性onetasteさん、研究資料をブログで発信して頂き、ありがとうございます。
「失楽園の物語」を原理的な神話として解釈することに加えて、聖書学、多神教、民俗学、考古学、生物学、分子遺伝子学などの客観的学問分野で検証される内容は、とても新鮮で別角度の思考回路が膨れ上がり、とても勉強になりました。
宗教と科学を統一する新しい真理を探究中の私は、創造原理を中心に、先端科学の宇宙論、相対性理路、量子力学、生物学などとの統合が可能ではないかと探究を続けています。
文先生のメッセージに、「堕落原理」という文言があり、この探究の必要性も感じていましたが、onetasteさんの研究資料に、数多くの道標が有ると感じました。
今後とも、よろしくお願い致します。
資料の①~③の仮説から、
神の目から見ると、「エデンの園」当時には、2種類の人間が存在することが理解できました。現代の終末期現象を観察すると、当時と同じような様相が地球星を覆い、onetasteさんの 2種類の人間説が的を得ていると納得できます。
2種類の人間説「前人間と人間」
・前人間の原人 :蛇で象徴される前人間的精神状態の全人類
・人間の男女一双:愛という精神性を完成した人間の夫婦
(研究資料の仮説から)
① 原人を前人間として捉えることで、最後の完成形をアダムとエバだったと思えば進化論も目的を持った進化として容認できる。
② 多神教を信じていた人達は神の目から見れば愛という精神性の実現が男女一双から始まるとは思っていなかったのかもしれない。
③ 蛇で象徴される天使長圏とは、全ての宗教圏も含めた前人間的精神状態の全人類のことをいう。
ホモサピエンスのある特定のカップルを摂理化して、そこに神の創造本然の愛の理想を実現しようとした人間をアダムとエバと呼んだと解釈できないのだろうか。
聖書「失楽園の物語」は、誰も見たことが無い神話です。
第一アダムの神話の時代、「エデンの園」周辺に、原人が生活していたと推察できます。原人は、前人間的精神状態を持つ前人間として、生活していたのでしょう。(カインの妻の存在)
故に、アダムとエバは、原人が身籠って生まれた子供であることが確定できます。(へその緒がある)
そして、アダムとエバは、愛とういう精神性を完成する男女一双の夫婦になるべき使命(責任)があったと推察できます。
第一アダムの時代の如く、現代に生きる人間も、原人と同じ前人間的精神状態に溺れ、「エデンの園」の時代と同様な時代に生きていると捉えることが出来ます。
何故なら、現代社会に起こる青少年問題、フリーセックス・ジェンダーフリー・淪落・麻薬などの常態化は、倫理・道徳を見失い、家庭の価値を破壊して巻き起こる、神無き世紀末現象として認識できるからです。
終末時代は、現代社会が直面する性道徳の紊乱と家庭崩壊現象を、誰も食い止めることが出来ない時代です。
終末時代は、聖書に記される神話、アダム家庭の失敗を教訓とし、三大祝福を復帰し、理想社会の建設に向かうことができる時代なのかもしれません。

2.神話と科学
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sciencewindow/7/4/7_20130704/_pdf/-char/ja
古代からの問い
私たちは何処から来て、どこへ行くの? 私たちが生きているこの世界は、どの様にできたの? 世界や私たちは、何でできているの?
人間は太古から、こうした問いの答えを探してきました。 空の上が神の領域だった時代には、神話と言う形で。 そしてのちに科学と言う形で。
届かない空の星に向かって手を伸ばす子供の様に 遠く、深いところにある何かをつかもうと 長い長い時間をかけて、一歩一歩手探りで。
今でもまだ分からない事ばかりですが 「なぜ」に向き合い、しっかり観て、そして確かめ 少しずつ、それらの謎に迫ってきました。
宇宙の始まりがどうなっているのか 私たちは元々何でできているのか、解き明かされつつあるのです。
心躍る発見がいっぱいの、ワクワクする今と言う時代。 さあ、太古からの謎を解く、科学の旅に出てみましょう!
神話の想像力と科学の挑戦
現代のような観測機器どころか、望遠鏡すら無い時代から、 古代の人たちは真剣に世界やその起源について考えていた。 それらに答える最初の試みは神話であった。
例えば、北洋やインド、中国など多くの地域で、世界は巨人の身体からできたと考えられていた。世界は卵から生まれたと言う話もある。なんと面白い発想、想像力だろう。
さらに、巨人や卵が生まれる前、大元には「水」が有ったとか、「混沌」が有ったとかと言う考えも世界中に見られる。 特に、インドや、その影響を受けた中国では、混沌とした状態を「無」と表現し、「無」から「有」が生まれたと言われていた。これは、最新の宇宙論とそっくり。
昔の人たちは、思考を深く掘り下げることによって、そういうう結論に達した。 一方、現代の私たちは、確かな証拠を重ねながら宇宙の姿を描く。
最近では、宇宙はどう広がっているのかと言う謎解きと、宇宙や物質を構成している一番小さなものは何かと言う謎解きが、「宇宙の始まり」でつながっていると分かってきた。 なんと、神話のような不可思議な世界を説こうとしているのである。【村山 斉】

神話には現実世界にはいないような姿形をし、人間には持ち得ない能力を持った神や動物たちが現れ、奇想天外な話を繰り広げていきます。鼻がとんでもなく長く、口と尻が赤く、目が光り輝くサルタヒコが道案内をしたり、手の間から落ちてしまうほど小さいスクナヒコナが温泉を開いたりします。
どうしてこのように不思議な話が生まれたのでしょうか。 古くから多様な理由が考えられてきました。代表的な考え方に、神話とは自然現象や倫理的な原理を象徴的に表わしたものだ、というものがあります。アマテラスがスサノオの乱暴を恐れて天の石屋に隠れる神話を太陽が嵐によって隠れた話だと解釈したり、日食を表わすと解釈したりする立場です。
もう一つには、神話は歴史的な出来事が神話として伝えられたのだとする立場があります。アマテラスがオオクニヌシに葦原中国を譲るように求め、タケミカヅチが武力を行使することで国を譲ることが決まったという話は、大和朝廷と地方勢力との争いと服従の歴史が神話として伝えられたのだ、と解釈する人は今も多くいます。
どちらが正しいかを決めることはできません。つねにさまざまな解釈の可能性があり、謎が謎を生みます。
神話の謎のなかには、遠く離れた地域に、似た神話が伝わっているのはなぜかというものがあります。人が神話を伝えたのでしょうか。それとも偶然でしょうか。20世紀になり、人の心の研究が展開すると、人間の心が神話を生み出すという考えが出てきます。人間の心の無意識の層には、個人を越えて共有される部分もあると想定されました。そうすると遠く離れた地域の神話や、さらには個人の夢と神話が似ていても不思議ではないことになります。
ヤマタノオロチのような蛇形の怪物は世界中の神話に登場し、英雄の敵となります。なぜ蛇なのでしょう。最近では、蛇を見たことない小さな子供でも蛇を怖がることから、蛇を怖がるのは、われわれの遠い先祖が狩猟、採集生活をしていた頃に身近にあった危険が蛇であり、それが現代人の習性にも残されているからだといわれています。蛇退治の英雄の存在は、人類の歴史、人類の生態から説明できることになります。
神話の謎は人類の謎でもあります。人類についてのさまざまな研究が、神話の謎を解く鍵ももたらしてくれるでしょう。【平藤 喜久子】
