統一教会は、結婚観が違います。
私たち統一教会は、結婚観が違います。結婚というのは根本に帰るためのものです。(文鮮明)
祝福一世は、1週間断食、聖酒式、蕩減棒、聖布、三日行事、等々の儀式を通過し、家庭を出発しました。
その頃を振り返ると、下記「宇宙の根本」のみ言は知らないし、 家庭出発の修練会では、三日行事のやり方が中心であったように思います。
1993年頃、「聖主教」金聖道女史の孫に当たる鄭壽源先生が巡回され、夫婦生活のクライマックについて「神様、億万歳!」と迎えなさい、と教えて頂いたことを覚えています。
今年4月の合同結婚式に若者が参加しました。彼ら、彼女たちは、「宇宙の根本」に記されている結婚観を学び、家庭を出発することが出来ればと思ったりします。
文先生の遺言、八大教材教本「天聖教 宇宙の根本」は、現在の「天の父母聖会」では消滅し学ぶことは出来ません。この真理は、家庭訓読会で親が教育することしか出来ない「家宝」になりました。
あの素晴らしい愛のマルスムをもう一度・・・
FORESTA : あの素晴しい愛をもう一度 version 2018 005 30
八大教材教本 天聖教 宇宙の根本 第二章 人間創造と愛の理想の完成 三、神人一体と愛の理想完成 3.なぜ結婚が重要なのか (1) 結婚の目的は神様に似ること
統一的基準の内容があるところとはどこでしょうか。垂直線です。人間が堕落していなければ、神様と人間はどこで会いますか。なぜ結婚するのですか。神様に会おうとするのです。神様の愛の前に接ぎ木をするためなのです。愛のために生まれたので、その愛は宇宙と同参して、神様のような愛の理想相対を探さなければならないのです。それは一人ではできません。神様が二性性相に分立したのです。
*
なぜ結婚するのですか。神様の姿に似るためです。神様は二性性相でいらっしゃる方として、各々の一性が合体化した一律的な存在であられ、その神様の分性的人格自体が男性と女性なので、彼らが合性一体化して種のようになり、神様の本性の位置に帰らなければならないのです。その種を連結させるためには、愛の道理の道を通らなければならないので、生まれるときも愛を受け、育つときも愛を目標として育ち、生きるにも愛を中心として生きて、逝くときも愛に帰るために逝かなければならないのです。その道は、「ため」に生きる目標を中心として訪ねていかなければ、方向がずれるという事実を皆さんは知らなければなりません。「ため」に生きて愛するという心を先頭に立てれば、いくらこっちに行くといっても、南極と北極の方向を探し当てるように正しく行くというのです。
*
私が結婚をするのは、私だけのためではなく、相対のためでもあります。結婚が自分自身より相対のために行われるということはどういうことでしょうか。天地間のすべての道理が主体と対象で成り立っているように、男性と女性が結婚するのも天地間の道理です。
男性が右側ならば女性は左側になりますが、それは、宇宙間の横的な関係をなすためであり、男性が主体ならば女性はその対象になりますが、それは、神様との縦的な上下関係をなすためなのです。したがって、結婚とは男性だけのためではなく、また女性だけのためでもない、天理の法度を合わせるためにするのです。それゆえに、男性と女性がお互いに異なる形を備えています。天理法度に合わせられるようにできているのです。
*
なぜ結婚するのですか。神様を愛するためです。神様を愛して何をするのですか。神様の軸と一致するためです。一致して何をしようとするのですか。一致すればどのようになるのですか。なぜ一致しようとしますか。絶対的な神様の愛を中心として、永遠であられる愛を中心として、永生が展開するのです。それだけではありません。そのように接触したところから宇宙の相続権が伝授される、ということを知らなければなりません。愛を中心として造られた被造世界は神様のものですが、私のものとして相続権を与えられるのです。
*
なぜ結婚するのですか。アダムとエバが自らの愛を求めていくためではありません。縦的な神様の愛を核として、その核を中心として、客体として一つのバランスをなすためなのです。それが理想です、
神様の創造理想もそのような愛を中心として結びつくことであり、人間の男性と女性も成熟してそこで愛の結着点が展開して、生命が連結されるのです。ですから、生命によって連結されるのではありません。愛によって連結されるのです。縦的な父の愛と横的な夫婦の愛を中心として、本然の愛の種が初めて連結されるというのです。
*
結婚とは何かといえば、創造理想完成の場です。神様の子女完成の場であり、兄弟完成の場であり、男性と女性の理想的完成の場です。男性と女性が理想の場で一つになることは、創造前にアダムとエバが二性性相の性相と形状でいたものが実体として一つになることです。
*
神様の無形の二性性相がアダムとエバの実体として分かれたのですが、これが再び縦的に会うのが結婚式です。結婚して一つになる瞬間は、未完成の半分が完成する瞬間であり、完成品として合格する瞬間であり、相対の世界を抱く瞬間です。愛の力以外にはそのようにできるものがありません。それだけではなく、神様を占領するのです。結婚は、相対を占領して神様を占領するのです。それが正に結婚です。でたらめにするのではありません
*
結婚とは何ですか。男性は女性の世界を占領しようというのです。女性の世界を知りません。また、女性は男性の世界を占領しようというのです。結婚する前は、女性は男性が神秘的です。男性には女性が神秘的なのです。同じです。結婚して神秘的な男性・女性世界をお互いに占領して二つとも備えることによって、神様の二性性相の主体の前に一つになる、その姿を備えるのです。このようにして神様と一つになるのです。
*
男性は女性のために生まれて、女性は男性のために生まれたのです。結婚は何かというと、片側の身分が完成することです。男性半分、女性半分が一つになることであり、その次には神様を占領するためです。二性性相の男性と女性が二性性相になったので、愛で一つになることによって、正から分かれたものが合わさっていくのです。
*
アダムとエバの結婚は誰の結婚かといえば、神様の結婚式です。愛の根、生命の根、血統の根、良心の根であるその根が、先に愛を体恤しなければならないのです。結婚するその場には、神様をお迎えしておいて夫を迎えなければなりません。神様の二性性相がアダムの心とエバの心に入っていかなければなりません。正から分立して入っていくのです。これで正分合になるのです。したがって、プラスとマイナスがすべて一つになるのです。
結婚はなぜするのですか。神様の姿に似るためです。神様は、二性性相でいらっしゃる方として各一性が合体化した一体的な存在であられ、その神様の分性的な人格自体が男性と女性なので、彼らが合性一体化して種のようになり、神様の本性の位置に帰らなければならないのです。 結婚は、神様と一つになることができる位置に行くということです。
*
結婚とは何ですか。男性を通じて愛を結ぶことによって、半品存在である女性が完品存在になることです。男性も同じです。結婚を通じて完成するのです。何によってですか。愛で一つになることによってです。ですから、男性と女性の生殖器は絶対に必要なのです。ですから、男性の生殖器は女性のためにできたのであり、女性の生殖器は男性のためにできたのです。自分のものではありません。
*
結婚初夜の愛というのは偉大なものです。初愛です。皆さんが女性として生まれて一生保護してきた自分の体、その一身を男性に捧げるのです。
男性もそうです。自分一身を備えて純潔な体を女性に一〇〇パーセント捧げるのです。そのためのものが男性としての結婚前の生活です。
*
男性と女性が出会って愛が芽生えれば、絶対的に一つにならなければならないといいますか、絶対的に分立されなければならないといいますか。絶対的に一つにするとはどうなることですか。男性と女性がキスすることですか。どこが一つになりますか。 何のために結婚するのかと言えば、生殖器理想の完成のためです。結婚とは何かといえば、生殖器官の理想を満たすためのものが結婚だというのです。それは間違っていますか、合っていますか。 俗的な結論のようですが、俗的な結論ではないというのです。 俗的な人間の世の中で話すので俗的なのであって、神様の創造本然の世界では神聖なのです。神様が願われる至聖所はどこかというのです。愛が永遠に宿ることができるところが至聖所だというのです。そのとおりでしょう?
*
女性が男性を訪ねていく時は、「神様よりもっと貴いものを訪ねていきます。一生を大切に装って貴く思い、何よりも貴いものをもってあなたを訪ねていきます。あなたを愛します」こうでなければなりません。そのように女性が男性を慕えば、生殖器が息をします。
*
結婚して男女が初めて愛する瞬間、関係する時間は、子女の愛の完成なのです。兄弟の心情の完成場、夫婦の心情の完成場、未来の父母の心情の完成の出発点です。それで、女性の生殖器というのは愛の本宮です。愛の根源です。そこから愛が始まるのです。空中から始まるのではありません。何ですか。愛の本宮です。
*
男性と女性が完成するのは何ですか。それが結婚生活です。男性と女性の凹凸、これを一つにするのです。何を中心として一つにするのかというのです。男性と女性の凹凸が何のためにそのようになったのかといえば、愛のためにそのようになりました。愛で一つにすることを知らなければなりません。人間のすべてを構造的に見るとき、この生殖器のように全体の核的な内容をもって生まれたものはありません。 神様が創造されたなら、ここにすべての精力を込めてつくられたという話になることを知らなければなりません。
*
結婚とは何かといえば、半分の男性と女性が生殖器を一つにすることによってお互いに完成するのです。男性は、女性の愛を中心として完成するのです。男性は女性を完成させ、女性は男性を完成させるのです。それは、真の愛を中心として完成させるのであり、真の生命の結合が展開するのです。真の愛で一つになるのです。愛が中心になって生命が活性化され、二つが一つになる位置がその場です。男性の血、女性の血が一つのるつぼで一つになることのできる位置がその場だというのです。その場から息子、娘が生まれます。その場は、息子、娘より貴いということを知らなければなりません。夫よりも、神様よりも貴いということを知らなければなりません。
*
男性と女性がお互いに愛して抱擁する、それ自体が、宇宙が一体をなす場になります。神様の理想の中でなされる創造本然の姿は、そうです。
*
福の中で最も貴い福は、神様の愛です。その次には、神様の創造の権限を引き継ぐことです。神様がアダムとエバを創造されたように、創造的権限を与えられるのが子女なのです。皆さんは、なぜ子女を愛するのでしょうか。神様の創造の業績を横的に実体圏で受け継いだのと同じなので、アダムとエバを造って神様が喜ばれた、その喜びを代わりに感じるためです。 その次には、神様が天地万物を主管されたように、万物を主管するために私たちに主管権を賦与されました。したがって、結婚するその時間には、神様の愛を相続して、再創造の権限と主管権を完成圏に立って受け継ぐようになる、ということを皆さんは知らなければなりません。それゆえに、結婚式というものは、愛の顕現を意味すると同時に、創造権と主管権を賦与されることです。
*
世間で盛んに行っている自由結婚は、サタンが人々を堕落させて神様の前に出ていけないようにするためにつくっておいたわななのです。そのわなに引っ掛かれば死に、サタンの支配を受けてえじきになるしかないのです。今日、西欧社会、特にアメリカは、自由結婚が盛んに行われることによって、真なる家庭を築くことができなくなっており、家庭生活に失敗した人々が日増しに多くなって、いくらもたたないうちに家庭をもたない人が多数を占めるようになるでしょう。 そのようになれば、アメリカ社会は愛が干からびた社会になり、不信によって不安と恐怖が支配する地獄のような社会になるだろうと、自信をもって確言することができるのです。このような時点に立っている皆さんには、このような社会風潮を一掃して、アメリカ社会に愛が満ちあふれ、神様の願われる社会を建設しなければならない義務と使命が賦与されていることを知らなければなりません。
*
私たち統一教会は、結婚観が違います。結婚というのは根本に帰るためのものです。



