本当のキリスト教 日本福音派の方のブログから

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福音派の方の旅行記


 日本の福音派のグループの多くは、戦後にやってきた保守的な米国系福音派の宣教団が生み出したものです。そのため、その影響を強く受け、上記の物語、アイデンティティーと行動様式を今でも保持しているように見受けられます。日本の福音派の中では、近年、聖書論、LGBTQ、NTライトの著作などに関する批判が、一部の方々から起こっていますが、その批判の内容と方法(やり方)は、私がフィリピンで体験した上記の四点と重なるように思えます。


 私は日本の福音派が独自に成熟していくために、英国やWEAの歩みを参考にできるのではないかと思うのです。それは、三位一体、十字架、復活や再臨といった根本教理を前提にしながらも、他の点では、落ち着いて、かつ尊敬の念と愛を失わず、意見の違う人々と対話を重ねていくというものです。


 神はいつも正しくても、自分の聖書解釈がいつも正しいわけではない。
主の教会を守るのはご聖霊であって、人間ではない。


 自分と違った信仰理解が正統信仰を破壊するとは限らない。


正しい目的は手段を正当化しない。


という当然とも言える理解とご聖霊への信頼に、私たちは立てないものでしょうか。私たちは敵同士ではなく、主の前に欠けの多い存在、愛すべき兄弟姉妹、共に真理に向かって旅をする旅仲間ではありませんか。このことは私自身も戒めとして心に留め続けなければならないと思います。


私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕らえようとして追求しているのです。そして、それを得るようにと、キリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです。ピリピ3:12


問われる聞く側
 とはいうものの、どのような主張に対しても異論があるのは当然ですので、そのような異論がテーブルに乗るのは、私は大変良いことだと思います。


 そして、批判を耳にする多くの方々には、最低二つの選択肢があると思います。この批判をそのまま受け入れて、「批判されている本は読まないようにしよう」と思うのか、それとも、「それほど危険視されているということは多くの賛同者もいることでもあるので、その批判が正しいかどうか、問題になっている本に自ら公平な気持ちであたってみよう」と思い、その人が個人的にどのような結論に至ったとしても、愛を失わずに自ら考え判断していくのか、という選択肢です。


 聖書論、LGBTQ、NTライト、だけではなく、今後も様々な課題が出てくることでしょう。

 その時、かかわる指導者の間に愛と尊敬があって、丁寧な論議がなされていく、そして、その論議を聞く人々も自ら判断していくことができれば、日本の福音派は成熟に向かい、その将来は明るいと思います。


 私たちはどちらの道を選ぶのでしょうか。


互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるようになります。(ヨハ13:35)


 



 2024年の6月に、妻と私は子どもたちを訪ねて3週間、ヨーロッパを旅しました。娘の結婚式がイギリスで行われることになったのが第一の理由でしたが、娘と同じ町に住む長男夫婦に生まれた初孫に会うこと、またスペインに住む次男を訪ねることも目的でした。


 子どもたちがいろいろな美しいところに私たちを連れて行ってくれましたが、その町や村に行くと、私は意識して教会堂を訪ねました。週日には礼拝堂への扉が開いていない教会堂もありましたが、それでも会堂入り口のホールにはほとんどの場合入ることができて、壁に貼ってあるポスターや催し物のお知らせに目を配ったのです。



スペインで

 バルセローナとその郊外にあるカトリックの会堂は、ひとけもなく、ほとんど活動もしておらず、中に入ると暗く陰気な感じがしました。ポスターといえば、教会維持のための献金の要請です。次男の友人やその家族の話からは、キリスト教に対する積極的な評価は聞かれません。現地の若者は、さまざまな活動のために場所の工面をしなければなりませんが、献金を要請するばかりで会堂を使わせてくれない教会への不満を漏らしていました。


 私が接したスペインの人々が口にしたのは、カトリック教会とフランコ独裁政権との癒着です。フランコ政権はカトリック教会を優遇し、多額の資金援助を含む特権を与え、それに応えて教会側は独裁政権を支えていきました。内戦の時もカトリック教会は政権側について戦いました。教会は、労働者や小作人という一般民衆ではなく、王、貴族、大地主などの支配者側について利益を得たのでした。


 スペインでは現在でも人口の多くはカトリック教徒を自称しますが、他のヨーロッパ諸国と同様世俗化が進んでいます。確かにキリスト教文化は残存するものの、生きた信仰はあまりみられません。もし教会が、支配者側について特権を得ることをよしとせず、苦しんでいた民衆の側に立っていたならばどうだったろうか。私はそう思わずにはいられませんでした。



イギリスで

 イギリスの国教会を訪ねると、スペインよりは市民に開かれた様子が伝わってきました。チャリティ活動、コンサート、さまざまな催し物が市民に開かれて行われていました。しかし、やはり活動する信徒の数はわずかでお年寄りが中心です。人々と話すとキリスト教に対する批判が多く聞かれます。


 特に今は奴隷貿易に対する反省がなされています。奴隷貿易禁止法案を長年の苦労の末に可決させたのは少数のクリスチャンだったのですが、教会はそれに強硬に反対し続けました。教会は膨大な利益を奴隷貿易から得ていたからです。


  イギリスは今でも46%は自称クリスチャンですが、スペインと同様、生きた信仰はあまり見られません。もし、教会が、奴隷貿易で膨大な利益をあげていた多くの富める信徒の側につかず、悲惨な状況に置かれた奴隷をあわれむ歩みをしていたら、これほど世俗化は進まなかったのではないかと、ふと思うのです。


イエス様は

 1世紀のガリラヤ地方はパレスチナ地方でも特に貧しい地域であったことが、研究で明らかになっています。ローマの圧政の下で苦しんでいた人々のなかでも、ガリラヤの人々は特に苦境に置かれていたと言えるでしょう。私はイエス様がガリラヤで育ち、ガリラヤを中心に公生涯を始めたのは偶然ではなかったように思えます。イエス様は、各地を回って、飢えている者にパンを与え、病に苦しむ人を癒し、悪霊を追い出しました。それが、あわれみ深い神ご自身が王となられたこと(神の国)の表れでした。つまり、神が王となられたことを実際に見せて、神が王となられたという喜ばしいおとずれを告げたのです。それが神の国の福音です。これが神が王となられたという良い知らせ、福音の本質なのです。


 初代教会は、このイエスさまのみ足の後に従いました。教会の内部の貧しい人を助けただけではありません。帝国の弱体化にともなって北の国境付近から地中海沿岸の都市に流入してきた難民を率先して助け、パンデミックでは命懸けで病人を助けていきました。そのような弱者への愛の実践によって多くの人々が入信していき、300年で国教までになったのでした。


正統信仰さえあれば?

 私は米国系福音派の教会で育ち、同じ流れの神学校で学びました。私が教えられたのは、「ヨーロッパの教会が衰退した原因は、批評学である」というものでした。正統信仰さえ保てば、それは防げたはずだ、と。


 しかし、今の私はすこし違う意見を持つようになりました。


 もし、正統的な教理をしっかり保っていたとしても、自分の教会、自分の教会堂、教職組織、そして、教勢を伸ばすことを第一にし、イエス様のように社会の底辺にいる人々のところに出て行って、あわれみ深い神が王となったことを行いによって示そうとしないならば、その教会は霊的に死んだ状態ではないだろうか。その霊的な死は、100年後、200年後に、「空っぽの教会堂と人々の悪感情だけが残る」という形であらわれるのではないか、と。


 日本ではロテスタント宣教が始まって150年以上経ち、私たちは教会の教勢が伸びなかったと嘆き、どうしたら若い方々に会堂に来てもらえるかと話します。しかし、もしかしたら、嘆くべきなのは、イエスさまの大宣教命令に従って教会堂から出て行き徹底して人を愛するというイエスさまの教えを十分守ってこなかったことであり、話し合うべきなのは、ご近所の困っている人々をどのようにしたら助けられるのか、なのかもしれません。


イエスは彼に言われた。「狐には穴があり、空の鳥には巣があるが、人の子には枕するところもありません。」    (マタ8:20)


 

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