文先生は、イエス様の二年八カ月の路程を蕩減

hirachyuu

 【み旨と世界】 愛勝日の必要性
1984年1月15日 ニューヨーク ベルベディア



  先生一人を中心として見るとき、キリスト教が本来先生を受け入れることが神様のみ旨でありました。ユダヤ教とキリスト教の 

6000年の摂理の目的は、先生を受け入れるための基台の準備でした。
 第二次大戦後、アメリカは世界を指導することのできる立場にありました。韓国はアメリカと完全に一体化していました。このような状況で、先生の二十代、三十代の若い時にキリスト教が反対しないで受け入れていたらどうなったでしょう。どうなったでしょう。
 その時に、「祖国創建」は成就されていたであろうと思いませんか? (はい、思います)。しかし、いくつかの大学を中心とする既成キリスト教会が、神のみ旨に反対したのです。神様は先生にキリスト教界が完全な接ぎ木をされることを願っていたのです。一度に世界的に接ぎ木できる道を整え、国までも合わせて接ぎ木しようとされたのですが、彼らが拒否したために、彼らは一番最後になったのです。


                                     


 それで先生はどこに行ったかといえば、先生は北韓の共産党の監獄に入ったのです。そこではみんなが死んでいきました。先生はイエス様の二年八カ月の路程を蕩減するために死なないで、獄中で霊界からの協助を得て、失った十二弟子を捜しておかなければなりませんでした。このようにして初めて、サタン世界から自由世界、神の世界へ到達することができたのです。出獄して初めて、サタンに奪われた自由世界の祖国を創建するための地を探すことができるのです。監獄に入って、失ったものをみなサタンから勝利して取り戻して来るのです。

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