ご指導のほど、よろしくお願いいたします。

hirachyuu

つづきです。


【Yさん】

 認識論的には、主体と対象という概念は、観察者の側を主体、観察される側を対象といっているだけのことです。つまり、どちらの側に立つかで、入れ替わるものです。存在物を分けて、呼んでいるだけのことです。


 まず、死海文書の研究は長年継続されていますが、聖書解釈が大きく変わることは考えられていません。


 次に「生殖器は他の臓器と同様ではありません。生命誕生の種(精子と卵子)を作る生殖器です。男性・女性が決定する臓器です。血統が繋がる臓器です。」貴兄の考えに対して、

 

 生殖器は他の臓器同様に、臓器の一部です。生殖器には生殖器の機能があり、肺には肺の機能、胃には胃の機能があるのであって、わたしは生殖器が他の臓器とおなじ機能をもつなどとは言っておりません。生殖器は生殖器に機能があるというだけのことです。

 生物の雌雄の進化があるかと言えば、進化はたえず起きていますから、あるということでしょうね。


 神と人間が同じ形だということですが、前提が違います。

創世記の神の似姿については、聖書学者の間では異論はおそらくありません。

 神の像(イマーゴ・デイ)は、異教世界では神の像は具体的な像でした。政治的には王権を意味していて、王は神を僭称していた時代背景がありました。その環境のなかで、捕囚されていた、いわば人権が無視されていた環境だった。イスラエルの祭司は、いや、人間はひとりひとりが、あの君臨する王に対抗しえる存在なのだと抗弁する意味をこめて、人は神の像だと言いきったことにより、対等な人権意識を喚起したのです。

 イスラエルにとっては、具象的な神の像は偶像以外の何者でも無いという前提があるので、異教のシンボルをあえて逆手にとってイスラエルに希望を与えたのです。イスラエルにとっては、神は偶像ではないという前提があるからこそ、この逆手が意味をもったのです。


 神の宮については記述しましたが、再度いえば、神殿での主イエスの「わたしはこの神殿を崩壊させて三日で再建する」と言われたみことばに起源しています。

 主イエスこそが、神の独り子なる神として、地上に受肉された神の宮だという信仰観の反映です。ですので、いかなる意味でも生殖器という臓器の一部を指しているのではありません。 



【hiratyuu】

 そうですね、私は、主体と対象という概念は、愛を与える側が「主体」、愛を受ける側が「対象」と考えます。過去の哲学思想の「認識論」とは異なります。


 ・例えば、ジイジと孫が、「お馬さんごっこ」をして遊んでいます。孫がジィジに、もっと早く動くように命じ、ジィジは従い・・

 何方が主体でしょうか?孫ではありません、応じるジィジが主体です。孫を喜ばせ、愛を与えているからです。


 ・赤ちゃんに「イナイイナイバァ」をして、笑顔が返ってきて大喜びするバァバです。何方が主体でしょうか?

 バァバを大喜びさせた孫が主体です、乳児は存在するだけで、周囲に喜びを与え続けています。


 ・小や大をしても、喜んで取り替えます。夜中に泣いてもオッパイを上げます。母親は疲れていても赤ちゃんが可愛くて可愛くて嬉しくて・・・、母親のみが知る喜びの特権です。対象が喜ぶように「為に生きる」側が主体と考えます。

              


 親なる神様は主体です。ですが、人間が親なる神様を喜ばせる行いをすれば、人間が主体になります。親は子供が自分より立派になる事を願います。

「父母は、子供たちの友達の中の友達、先生の中の先生である」と語ります。


 夫婦の心情関係もそうだと思います。夫の立場の男性は、父になったり、兄になったり、弟になったり、息子になったり、様々に展開します。

 一方の女性も、妻の位置が、母になったり、姉になったり、妹になったり、娘になったり展開します。

 夫婦愛の心情関係は、ある時は父と娘、ある時は母と息子、兄と妹、姉と弟、など、時々折々様々な心情関係が展開します。その時、愛を与える側が「主体」、受ける側が「対象」と考えます。


 夫婦は日常生活の中で、お互いに主体格・対象格が入れ替わり、様々な心情を展開します。「円満夫婦」とはこのような愛の関係の夫婦と考えます。

 先般の金メダルフィギュア「りくりゅう」ペアにも醸し出されていました。


 しかし、 ただ一点、生殖器で交わる夫婦の真の愛の瞬間は、男性が主体格、女性は対象格が絶対と考えます。 

夫婦の合徳は、絶対・唯一・永遠・不変の関係で、神様と同じです。


 「種を授ける」凸は主体格、「受ける」凹は対象格です。

静止状態から、ゆっくりピストン運動(循環運動)を成し、調和の取れた補完関係となって、クライマックスは「オーマイ、GOD」「お父さん」で神様と一体です。

 夫婦が一つとなる神聖で神聖で神聖な愛の生殖器官のお話しです。五感や他の臓器と全く異なり、男女夫婦が一つとなり、生命を誕生する唯一の器官です。


「射精する精子」は主体格、「精子を受ける卵子」は対象格です。

東洋思想では、発散は「陰」(精子)、求心は「陽」(卵子)と考えます。「陰」を極めれば「陽」に、「陽」を極めれば「陰」になる太極の思想です。

 房中術では「陽陰のエネルギーの交換」として、男女の交わりを捉えています。面白いですね。 



【Yさん】
 堂々巡りです。貴兄の論理には飛躍と器用な結びつけに満ちていて、いちいち反論する気持ちが失せてきました。文鮮明の発言の焼き直しにしか見えません。とても真理とは言い難いと思います。


【hiratyuu】
 Yさんを通して、多くの聖書的視点を学ばさせて頂いていますことを感謝致します。ありがとうございます。
 クリスチャンの方は、聖書が真理として専念していらっしゃることを尊重いたします。
 科学者の方は、数式と観測・実験で、宇宙の真理を探究することにチャレンジしていらっしゃいます。素晴らしいと思います。
 私は、文鮮明師の「八大教材教本」と「諸宗教経典・歴史」を中心に、真理探究にチャレンジしています。
 統一教会の組織信仰・韓鶴子女史信仰は12年前に卒業しました。「科学と宗教を統合する新しい真理」を探究し構築するためにです。
 文鮮明師の素晴らしい教材教本は、2012年以降、加速的に発展する科学分野と統合できる思想体系で構築されています。
 Yさんの聖書解釈と先端科学と八大教材教本が融合できる日を夢見ています。
 批判、反論、クレームは宝物です。益々切磋琢磨し努力致します。今後とも、よろしくお願い申し上げます。


【Yさん】

 是非とも 文鮮明の虚偽についても追及してほしいものです。

【hiratyuu】
 Yさん、ご指導のほど、よろしくお願いいたします。

     


     

     

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