「自分のために生まれた」と言う人
人間の男性と女性
人はなぜ生まれたのでしょうか。生まれるときに、自分のために生まれた人はいないというのです。人がこのように生まれたとすれば、生きるのも自分のために生きる人は、生まれてきた本来の根本原則に背くのです。そのような人は、脱線者であり、落伍者であり、堕落者であり、破壊者だというのです。学校でこのようなことを習いましたか。
「自分のために生まれた」と言う人は、この宇宙が要求しないのです。
女性のものは、女性のためのものではありません。男性のためです。そうではないと否定できる人がいますか。それゆえに、何ももっているものがありません。「な(名)」しかない「おんな(御名=女)」だからといって、それが恥ずかしいことではないというのです。どこでも調和が可能です。
おばあさんとも、お母さんとも、おじいさんとも、親戚のおばさん、おじさんとも調和することができます。
女性という中心性を大きくしないので、その相対圏の幅がどんどん広くなるのです。これは、宇宙の創造原則に根本をおいた公式的な基盤に連結されるものなので、それは確定されていくのです。

調和のとれた「補完関係」
